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政治家だった「砂川判決」最高裁長官+米国関与の判決を解釈改憲の根拠にするな

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 安倍首相が集団的自衛権の解釈改憲を行なうために安倍ブレーンを集めた官邸の有識者会議(安保法制懇)が、またミョ~なことを言い出した。 (゚Д゚)

 首相周辺&有識者会議のメンバーは、砂川事件の判決を、「憲法9条は集団的自衛権の行使を否定していない」という根拠として使うことを思いついたのだけど。
 このような異端な見解は、野党や憲法や法律の専門家はもちろん、公明党も理解、納得できず。逆にアチコチから疑問や批判の声が相次いだため、このままでは世間に通用しないと察した様子。(~_~;)

 で、今度は、同じ砂川判決の田中耕太郎裁判長の補足意見の一部を持ち出して来て、それを現憲法下でも集団的自衛権の行使が認められる根拠として援用することを検討しているようなのだ。(@@)
 
『安倍政権は、集団的自衛権の行使容認の根拠として、国家存立のための自衛措置を認めた砂川事件をめぐる1959年の最高裁判決に付された田中耕太郎最高裁長官(当時)の補足意見を援用していく方針を固めた。行使容認に伴う憲法解釈変更の閣議決定に先立って策定する「政府方針」に引用することを検討している。政府筋が15日、明らかにした。

 田中氏の補足意見は、他国防衛に関する自国の義務を明示している。砂川判決は集団的自衛権を視野に入れていなかったと主張する公明党に対し、説得の補強材料とする意図とみられる。
 ただ判決に比べ個人的見解の色の濃い補足意見を、憲法解釈変更の根拠とすることが、新たな批判を招く可能性もある。

 補足意見で田中氏は、自衛の目的を効果的に達成するには、友好諸国との安全保障条約締結などが考えられると指摘。続けて「一国が侵略に対して自国を守ることは、同時に他国を守ることになり、他国の防衛に協力することは自国を守るゆえんでもある。自国の防衛にしろ、他国の防衛への協力にしろ、各国はこれについて義務を負担しているものと認められる」と結論付けている。

 砂川判決は、自民党内で集団的自衛権の行使を限定的に容認する論拠として挙げられている。安倍晋三首相も「砂川事件の最高裁判決が集団的自衛権を否定していないことは、はっきりしている」と同調した。(デーリー東北14年4月15日)』

* * * * *

 このブログに何回も書いているように、安倍首相の周辺やブレーンが今に至って50年以上前の砂川判決を臆面もなく持ち出して来た上に、これまできいたことのないような異端な見解を主張して、そこに集団的自衛権の行使の根拠を求めようとしていたこと自体、驚きを通り越して、呆れるしかないことなのだけど・・・。 (・o・)

 それがイマイチ通用しそうにないとなったら、今度は、砂川判決の補足意見(裁判官が付け足した個人的見解)をほじくり出して来て、それを補強的な根拠として使おうとするとは、あまりにも節操がないというか、えげつないというか。

 首相周辺は、何十年にもわたる歴代内閣&内閣法制局の政府解釈を覆すには、真の意味で「憲法の番人」である裁判所の判例に根拠を求めるのが有効な策だと考えているようで。おそらくは血眼になって、判例の中で、何か根拠として使えるものはないかと探しているのではないかと思うのだけど。

 何だか重箱の隅をつつくレベルを超えて、何重もの断層が積もった土を掘り返して、あたかも、ここに恐竜(=集団的自衛権の行使容認)が存在したと証明したいがために、化石化した骨片のかけらを捜し求めて、ほじくり出して来ているような感じがあって。もう呆れるのを通り越して、これが日本の行政のTOPである政府のやることなのかと、哀しく、情けなくさえ感じてしまうところさえある。 (ノ_-。)

~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~

 砂川判決を「憲法9条が集団的自衛権の行使を認めている」という根拠にするのは、不可能or極めて困難なのではないかと思われる。

『最高裁の砂川事件判決(1959年)は、集団的自衛権行使容認の根拠となるのか―。政府・自民党は、国の自衛権を認めた文言に着目し、慎重姿勢の公明党を説得する切り札とする。だが、55年前の判決を持ち出してきての唐突な主張に、識者や関係者からは「聞いたことのない説」「今になってなぜ?」と疑問視する声が相次いでいる。

 ▽学説なし
 「素直に読めば個別的自衛権の話と分かる。判決から集団的自衛権の行使が基礎付けられるとする学者は、知る限りではいない」。3月末、 長谷部恭男 (はせべ・やすお) 東大教授(現早稲田大大学院教授、憲法学)は日本記者クラブでの講演でこう皮肉った。

▽我田引水
 政府・自民党がよりどころとするのは最高裁判決の「わが国の存立を全うするために必要な自衛の措置を取り得る」との文言。集団的自衛権もその中に含まれるとの言い分だ。
 こうした主張に内閣法制局元長官の 秋山収 (あきやま・おさむ) 氏は、砂川事件の争点は駐留米軍の合憲性だと強調し「後になって判決中の一般論から別の政策を是認していると読むのは行き過ぎ。我田引水の 詭弁 (きべん) だ」と異を唱える。

 国会で集団的自衛権の本格的な議論が始まるのは、安保条約改定が焦点となった60年。秋山氏は「判決当時、はっきりした集団的自衛権の定義すらなかった。行使容認の論拠とするには無理がある」と批判する。事実、判決後、今の政府・自民党が唱える説が内閣法制局の見解として採用されたことはなく、従来の政府は一貫して集団的自衛権の行使を禁じてきた。(共同通信14年4月14日)』

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 それにもかかわらず、有識者会議の安倍ブレーンや高村副総裁などが、突然、砂川判決は集団的自衛権行使の根拠になると究極の異端説を主張し始めたことから、ビツクラさせられることになったのだけど。 (゚Д゚)mew,too.

 憲法の専門家はもちろん、ある程度、憲法を勉強したことがある人から見れば、高村氏らの見解は、まさに「地動説」が定説になっている現世において、「いや、地球の周りを太陽が回っているんだ」という「天動説」を主張するような「あり得ない」「非常識な」考え方だと言っていいだろう。(-_-;) <関連記事・『安倍見解は天動説(非常識)と自民議員・・・』>

* * * * *

 ただ、この砂川判決を集団的自衛権行使の合憲性の根拠にする見解には、かなりの疑問や批判が呈されたこともあってか、さすがに安倍首相の周辺やブレーンも、これをメインの根拠として押し通すのは難しいと感じている様子。

 安倍側近の礒崎陽輔首相補佐官が、12日にNHKのTV番組で「砂川判決が(容認の)根拠になるわけではない。わが国の存立を全うするため、日本の安全保障に関係がある場合に(行使を)限定しようということだ」と述べ、判決は行使容認を補強する材料の一つであるとの見方を示すようになったし。

 小松内閣法制局長官は、10日の国会でに砂川判決に対する法制局の見解について、民主党の福山哲郎氏に問われ、一度は「従来からの政府の基盤にある既存的な考え方と軌を一にするものであると考えてございます」と答弁したのだが。
 首相と考えが異なるのかとツッコまれたのに、チョット切れて「集団的自衛権の行使を認めるものか否かを含め、内閣法制局として同判決を解釈して何かを述べるという立場にございません」と発言。
 下手に砂川判決について国会で言及するのはマズイと思ったのか、14日の国会でも、砂川事件判決について「集団的自衛権の行使を認めるものか否かを含め、判決を解釈して述べる立場にない」と解釈を避けたという。(~_~;)

~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ 

 ところが、冒頭にも書いたように、安倍ブレーンは、今度は砂川判決の田中耕太郎裁判長の補足意見を、集団的自衛権の行使の補強根拠として持ち出すことを検討しているというのだ。(@@)

 最高裁は、大法廷は15人、小法廷は5人の裁判官の合議によって審理されるのだけど。最高裁の判決には、裁判官が個別に意見を付することができることになっている。(・・)
<よく見られるものでは、「補足意見(多数意見に賛成で、意見を補足するもの)」、「意見(多数意見と結論は同じだが、理由付けに関して異なる意見を付すもの)「反対意見(多数意見と異なる意見)などがある。>

 田中氏は、砂川判決の補足意見の中で、「私は本判決理由をわが憲法の国際協調主義の観点から若干補足する意味において、以下自分の見解を述べることとする」として、「国家は自国の防衛力の充実を期する以外に、例えば国際連合のような国際的組織体による安全保障、さらに友好諸国との安全保障のための条約の締結等が考え得られる。そして防衛力の規模および充実の程度やいかなる方策を選ぶべきかの判断は、これ一つにその時々の世界情勢その他の事情を考慮に入れた、政府の裁量にかかる純然たる政治的性質の問題である」と主張。

 「一国の自衛は国際社会における道義的義務でもある。今や諸国民の間の相互連帯の関係は、一国民の危急存亡が必然的に他の諸国民のそれに直接に影響を及ぼす程度に拡大深化されている。従つて一国の自衛も個別的にすなわちその国のみの立場から考察すべきでない。一国が侵略に対して自国を守ることは、同時に他国を守ることになり、他国の防衛に協力することは自国を守る所以でもある。換言すれば、今日はもはや厳格な意味での自衛の観念は存在せず、自衛はすなわち「他衛」、他衛はすなわち自衛という関係があるのみである。従つて自国の防衛にしろ、他国の防衛への協力にしろ、各国はこれについて義務を負担しているものと認められるのである」と述べていたのだが。

 彼らは、田中氏が他国の防衛や集団安保について論じていることから、砂川判決の「自衛権」には、集団的自衛権も含まれるのだと主張するための補強の根拠として、この補足意見を援用したいと考えているのではないかと思われる。(~_~;)

<砂川判決の補足意見はコチラのページに。田中耕太郎氏の補足意見(自衛に関する部分は、*1にアップしておくです。>

* * * * *

 でも、判決に付された意見というのは、田中氏も「自分の見解を述べることとする」と記しているように、あくまでも各裁判官の個人的な意見であって。
 判決文を理解する上で、また判決に至った審理の過程を推察する上で、大きな参考にはなるけど。<mew&周辺は最高裁の裁判官の国民審査の判断材料にすることがある。>判決文(判例)のような価値を有するものではないのだ。(-"-)

 それゆえ、もし安倍ブレーンが、これは最高裁長官が出した見解なのだから、(砂川憲法解釈を変更する根拠を補強するものとして大きな武器になると考えているのだとしたら、クビをかしげざるを得ないのだけど・・・。
 ましてや後述するように、田中氏が米国と接触し、彼らの意向を忖度していた可能性が大きいとなれば、尚更だろう。(~_~;)

 実際のところ、何だか、田中氏の意見は、憲法の解釈というよりは、(とりあえす国際協調主義の観点からとは言っているものの、何だか政治家が「わが国の目指すべき安保軍事のあり方」みたいな感じで、安保論」を述べているようにも見えるところがありません?。(~_~;)
<っていうか、全文を読むと、ほとんど昔、岸首相が言っていたことや、今、安倍首相が言っていること(積極的平和主義とか)と同じかも?(>_<)>

 実は、田中氏は、閣僚&国会議員を経て、いきなり最高裁長官になった人で。近時、この砂川判決の審理をしている最中に、米国側と協議を行なっていたことが、米公文書の記録から発覚しているし。
 もしかしたら極めて高度な政治性を有する裁判官&最高裁長官だったかも知れないのだ。(@@)
 
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 砂川事件というのは、57年に米軍駐留に反対する者が、米軍基地に侵入しようとして逮捕、起訴されたもので。この時の裁判では、米軍が日本に駐留することや、その根拠となっている安保条約が、憲法9条に違反するか否かが、最大の争点になっていた。(・・)

 当時、岸首相は米国と、60年に日米安保条約を改定&締結する準備を進めており、米軍駐留や安保条約を違憲と判断されては、計画が狂うおそれがあったため、何とか合憲判断を得たかったと思うのだけど。
 ところが、一審の東京地裁(いわゆる伊達判決)は、59年3月に、日本政府が米軍駐留を許容したのは憲法9条2項前段が禁止している「戦力の保持」にあたるとして違憲判断を行なうと共に、憲法31条の適正手続きの保障にも反するとして被告を全て無罪とする判決を出すことに。(**)

 これに困った米国は、日本側に、高裁をすっ飛ばして、最高裁に跳躍上告するように提案(指示?)。<高裁でも不利な判断が出るのを回避して、早く決着をつけるため>
 さらに、最高裁長官の田中氏と接触して、最高裁の審理・判決に関して協議を行なっていたのである。(~_~;)

* * * * *

『「伊達判決は全くの誤りだ」「最高裁判決はおそらく12月だと考えている」…。判決前、田中耕太郎最高裁長官(当時)がマッカーサー駐日米大使(同)らにひそかに会い、裁判の見通しを漏らしていたことが、米公文書に記録されている。
 裁判は、安倍首相の祖父岸信介首相(同)が進めた安保改定交渉時期と重なる。伊達判決に衝撃を受けたマッカーサー大使が破棄を狙って、藤山愛一郎外相(同)に跳躍上告を促す外交圧力をかけたことも判明しており、近年公開された米公文書からは、政治が司法に強い影響力を及ぼしていた疑いがにじむ。(共同通信14年4月14日)』

『日本の研究者らの開示請求で、二〇一一年に見つかった米国務長官宛ての公電(五九年十一月五日付)で、マ大使は、田中氏との会談の内容を報告。田中氏の言葉を「(一審を担当した東京地裁の)伊達(秋雄)裁判長が憲法上の争点に判断を下したのは、全くの誤りだったと述べた」と紹介し、「裁判長は、一審判決が覆ると思っている印象」と本国に伝えていた。(東京新聞14年4月11日)

* * * * *

 mewはまだ米軍占領下にある時期だとはいえ、最高裁の長官が米国大使と直接会って、自分が担当している事件について協議するなどというのは、チョット考えにくいことだな~と不思議に思っていたところがあったのだけど・・・。
 色々調べているうちに、田中氏が、異例の経歴を経て、最高裁長官になったことがわかった。 (・o・)

 田中氏は、東大在学中に今の司法試験に当たる高等文官試験に合格しているものの、東大卒業後は、内務省勤務を経て、戦前はずっと法学者として活動。
 戦後1945年に55歳で文部省学校教育局長になり、46年には吉田内閣の文部大臣に。同年には貴族院議員に就任。47年には参院選に出馬して当選し、その後も文相として教育基本法制定に尽力。50年に最高裁の長官に任命されたという経歴の持ち主だとのこと。閣僚経験者が最高裁判所裁判官になった唯一の例だという。(@@) <ちなみに、長官在任期間3889日で歴代1位なんだって。^^;、以上、wikipedia等参照>

 つまり田中氏は、国会議員や閣僚として、政府与党の中にいたことのある裁判官&最高裁長官だったわけで。それもあって、米国は田中氏との接触を試みたのではないかと。
 また、mewはもしかしたら、当時の岸内閣も、何らかの形で田中氏に自分たちの意向を伝えていたのではないかと邪推していたりもする。(・・)
 、  
* * * * * 

 結局、最高裁は、59年12月に米軍駐留は違憲ではないと判断。ただし、安保条約に関しては高度な政治性があるので司法判断になじまないとして、いわゆる「統治行為論」により判断を避けることにしたのだが。
<この「統治行為論」も、その後、裁判所の政府に対する違憲審査の力をぐ~んと弱めることにつながったと思うんだよね。(-"-)>

 田中氏は、この補足意見で、米国や政府の意向を受けてor忖度して、日本の自衛権や他国との安保軍事協力の必要性を強調し、日米安保条約が批判されないようにアシストしようとしたのかな~と思うところがある。(・・) 
<ちなみに岸首相は、当時、自衛隊の軍事力拡大(軍隊化)を目指していたのだが。当時は、自衛隊も違憲だという主張が強かったので、そのことも補強フォローしようとしているような補足意見に見えません?^^;>

* * * * *

 ただ、最高裁長官が米国側と直接会って、砂川事件に関して協議することは、まさに司法の中立性、公正性を害する行為に当たるわけで。今、砂川判決の「無効」を主張して、再審請求を行なう準備が進められている。(・・)

『開示請求にかかわった元山梨学院大学教授の布川(ふかわ)玲子氏(法哲学)は、これが評議内容を部外者に漏らすことを禁じた裁判所法に違反するとして、砂川判決自体を「無効」と指摘する。
 元被告の土屋源太郎氏(79)=静岡市=も「司法の中立を放棄した判決。安倍首相が解釈改憲の根拠にするのは問題」と批判。代理人の吉永満夫弁護士も「米公文書は再審の新証拠として十分成立する」と話す。(東京新聞14年4月11日)』

 安倍首相の周辺やブレーンも、そのような事実は知っているのではないかと思うのだけど。^^;
 それにもかかわらず、砂川判決の一部を集団的自衛権行使の根拠にしようとか、田中長官の補足意見を補強の根拠に使おうとか発想すること自体、ダブルで失当、不適切なことだと思うし。

 何とかこのような暴論によって、解釈改憲が強行されることを阻止しなければと、改めて思いを強くしたmewなのだった。(@@)

                                          THANKS

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日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第3条に基く行政協定に伴う刑事特別法違反被告事件
最高裁判所 昭和34年(あ)第710号
昭和34年12月16日 大法廷 判決   (いわゆる砂川判決)

裁判官・田中耕太郎 補足意見  

{7}原判決は一に指摘したような誤つた論理的過程に従つて、アメリカ合衆国軍隊の駐留の合憲性に関連して、憲法9条、自衛、日米安全保障条約、平和主義等の諸重要問題に立ち入つた。それ故これらの点に関して本判決理由が当裁判所の見解を示したのは、けだし止むを得ない次第である。私は本判決理由をわが憲法の国際協調主義の観点から若干補足する意味において、以下自分の見解を述べることとする。

[8] およそ国家がその存立のために自衛権をもつていることは、一般に承認されているところである。自衛は国家の最も本源的な任務と機能の一つである。しからば自衛の目的を効果的に達成するために、如何なる方策を講ずべきであろうか。その方策として国家は自国の防衛力の充実を期する以外に、例えば国際連合のような国際的組織体による安全保障、さらに友好諸国との安全保障のための条約の締結等が考え得られる。そして防衛力の規模および充実の程度やいかなる方策を選ぶべきかの判断は、これ一つにその時々の世界情勢その他の事情を考慮に入れた、政府の裁量にかかる純然たる政治的性質の問題である。法的に認め得ることは、国家が国民に対する義務として自衛のために何等かの必要適切な措置を講じ得、かつ講じなければならないという大原則だけである。

[9] さらに一国の自衛は国際社会における道義的義務でもある。今や諸国民の間の相互連帯の関係は、一国民の危急存亡が必然的に他の諸国民のそれに直接に影響を及ぼす程度に拡大深化されている。従つて一国の自衛も個別的にすなわちその国のみの立場から考察すべきでない。一国が侵略に対して自国を守ることは、同時に他国を守ることになり、他国の防衛に協力することは自国を守る所以でもある。換言すれば、今日はもはや厳格な意味での自衛の観念は存在せず、自衛はすなわち「他衛」、他衛はすなわち自衛という関係があるのみである。従つて自国の防衛にしろ、他国の防衛への協力にしろ、各国はこれについて義務を負担しているものと認められるのである。

[10] およそ国内的問題として、各人が急迫不正の侵害に対し自他の権利を防衛することは、いわゆる「権利のための戦い」であり正義の要請といい得られる。これは法秩序全体を守ることを意味する。このことは国際関係においても同様である。防衛の義務はとくに条約をまつて生ずるものではなく、また履行を強制し得る性質のものでもない。しかしこれは諸国民の間に存在する相互依存、連帯関係の基礎である自然的、世界的な道徳秩序すなわち国際協同体の理念から生ずるものである。このことは憲法前文の国際協調主義の精神からも認め得られる。そして政府がこの精神に副うような措置を講ずることも、政府がその責任を以てする政治的な裁量行為の範囲に属するのである。

[11] 本件において問題となつている日米両国間の安全保障条約も、かような立場からしてのみ理解できる。本条約の趣旨は憲法9条の平和主義的精神と相容れないものということはできない。同条の精神は要するに侵略戦争の禁止に存する。それは外部からの侵略の事実によつて、わが国の意思とは無関係に当然戦争状態が生じた場合に、止むを得ず防衛の途に出ることおよびそれに備えるために心要有効な方途を講じておくことを禁止したものではない。

[12] いわゆる正当原因による戦争、一国の死活にかかわる、その生命権をおびやかされる場合の正当防衛の性質を有する戦争の合法性は、古来一般的に承認されているところである。そして日米安全保障条約の締結の意図が、「力の空白状態」によつてわが国に対する侵略を誘発しないための日本の防衛の必要および、世界全体の平和と不可分である極東の平和と安全の維持の必要に出たものである以上、この条約の結果としてアメリカ合衆国軍隊が国内に駐留しても、同条の規定に反するものとはいえない。従つてその「駐留」が同条2項の戦力の「保持」の概念にふくまれるかどうかは――我々はふくまれないと解する――むしろ本質に関係のない事柄に属するのである。もし原判決の論理を是認するならば、アメリカ合衆国軍隊がわが国内に駐留しないで国外に待機している場合でも、戦力の「保持」となり、これを認めるような条約を同様に違憲であるといわざるを得なくなるであろう。

[13] 我々は、その解釈について争いが存する憲法9条2項をふくめて、同条全体を、一方前文に宣明されたところの、恒久平和と国際協調の理念からして、他方国際社会の現状ならびに将来の動向を洞察して解釈しなければならない。字句に拘泥しないところの、すなわち立法者が当初持つていた心理的意思でなく、その合理的意思にもとづくところの目的論的解釈方法は、あらゆる法の解釈に共通な原理として一般的に認められているところである。そしてこのことはとくに憲法の解釈に関して強調されなければならない。

[14] 憲法9条の平和主義の精神は、憲法前文の理念と相まつて不動である。それは侵略戦争と国際紛争解決のための武力行使を永久に放棄する。しかしこれによつてわが国が平和と安全のための国際協同体に対する義務を当然免除されたものと誤解してはならない。我々として、憲法前文に反省的に述べられているところの、自国本位の立場を去つて普遍的な政治道徳に従う立場をとらないかぎり、すなわち国際的次元に立脚して考えないかぎり、憲法9条を矛盾なく正しく解釈することはできないのである。

[15] かような観点に立てば、国家の保有する自衛に必要な力は、その形式的な法的ステータスは格別として、実質的には、自国の防衛とともに、諸国家を包容する国際協同体内の平和と安全の維持の手段たる性格を獲得するにいたる。現在の過渡期において、なお侵略の脅威が全然解消したと認めず、国際協同体内の平和と安全の維持について協同体自体の力のみに依存できないと認める見解があるにしても、これを全然否定することはできない。そうとすれば従来の「力の均衡」を全面的に清算することは現状の下ではできない。しかし将来においてもし平和の確実性が増大するならば、それに従つて、力の均衡の必要は漸減し、軍備縮少が漸進的に実現されて行くであろう。しかるときに現在の過渡期において平和を愛好する各国が自衛のために保有しまた利用する力は、国際的性格のものに徐々に変質してくるのである。かような性格をもつている力は、憲法9条2項の禁止しているところの戦力とその性質を同じうするものではない。

[16] 要するに我々は、憲法の平和主義を、単なる一国家だけの観点からでなく、それを超える立場すなわち世界法的次元に立つて、民主的な平和愛好諸国の法的確信に合致するように解釈しなければならない。自国の防衛を全然考慮しない態度はもちろん、これだけを考えて他の国々の防衛に熱意と関心とをもたない態度も、憲法前文にいわゆる「自国のことのみに専念」する国家的利己主義であつて、真の平和主義に忠実なものとはいえない。

[17] 我々は「国際平和を誠実に希求」するが、その平和は「正義と秩序を基調」とするものでなければならぬこと憲法9条が冒頭に宣明するごとくである。平和は正義と秩序の実現すなわち「法の支配」と不可分である。真の自衛のための努力は正義の要請であるとともに、国際平和に対する義務として各国民に課せられているのである。

[18] 以上の理由からして、私は本判決理由が、アメリカ合衆国軍隊の駐留を憲法9条2項前段に違反し許すべからざるものと判断した原判決を、同条項および憲法前文の解釈を誤つたものと認めたことは正当であると考える。
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by mew-run7 | 2014-04-17 11:14 | (再び)安倍政権について | Trackback
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