「平和で平穏で楽しい生活が一番!」 今はアンチ超保守&安倍政権の立場から、mew基準の(時に偏向した?)視点で、政治や競馬、スポーツなどについて書いています。写真は溺愛馬トロットスター


by mew-run7

画像一覧

参加ランキング

クリックは、各ランキング、一つのIPで1日1回だけ有効です。
1日1回、ポチッx2つの応援をよろしくです。m(__)m


にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ
にほんブログ村
↑ バナーをクリック・プリ~ズ

人気ブログランキングへ
↑ バナーをクリック・プリ~ズ

最新の記事

投票しないとナメられる!安倍..
at 2017-10-22 05:19
国民=下からの政治目指す民主..
at 2017-10-21 01:56
自民のネトサポ、選挙活動にも..
at 2017-10-20 05:10
米軍ヘリ、やりたい放題。遺憾..
at 2017-10-19 16:35
自民圧勝なら、安倍のやりたい..
at 2017-10-19 05:42
国民は安倍&閣僚たちの責任は..
at 2017-10-18 03:23
立憲民主&民進リベ系で、野党..
at 2017-10-17 04:57
世論はアベ続投を望まず!+自..
at 2017-10-16 03:32
前原こそ国民を愚弄~本人がツ..
at 2017-10-15 04:51
国民は安倍と北朝鮮攻撃を支持..
at 2017-10-14 05:32

以前の記事

2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
more...

検索

カテゴリ

コメント・TBについて
My Policy 憲法・戦争
憲法&憲法改正
民主主義、選挙
民主党、民進党に関して
政治・社会一般
小沢&秘書の裁判
自民党について
安倍政権に関して
(再び)安倍政権について
新自由主義&小さな政府
治安、犯罪等に関して
靖国参拝に関して
堀江氏逮捕に思うこと
共謀罪、教育基本法改正
スポーツ・競馬
東アジア、北朝鮮問題
平和、戦争、自衛隊
ふぞろいのワンダラーズ
教育問題
09年衆院選
超保守の団体、候補者
未来の党・生活・自由

最新のトラックバック

都政と国政が同じように運..
from 国民の生活が第一は人づくりにあり
小池新党は失望の党に変化..
from 国民の生活が第一は人づくりにあり
米軍へり、やりたい放題(..
from 御言葉をください2
原発使用の燃料は増え続け..
from 国民の生活が第一は人づくりにあり
モリカケや憲法問題までダ..
from 国民の生活が第一は人づくりにあり
平和憲法を守れ、総選挙で..
from 国民の生活が第一は人づくりにあり
米カリフォルニア州で発生..
from 国民の生活が第一は人づくりにあり
結局、北朝鮮有事が起こる..
from 51%の真実
世界遺産などの登録も行っ..
from 国民の生活が第一は人づくりにあり
希望党の参入は野党共闘を..
from 国民の生活が第一は人づくりにあり

最新のコメント

小川氏の発言には、良識の..
by Yorimo at 12:39
mewさん10月14日p..
by xtc4241 at 18:11
矢部宏治さんの 「誰が..
by 和久希世 at 14:09
mewさん、お疲れ様です..
by B4 at 18:26
「このままだと自民は圧勝..
by しょう at 20:11
mewさん、お疲れ様です..
by B4 at 06:06
mewさん、初めまして。..
by JAXVN at 20:58
mewさん、10月1日1..
by xtc4241 at 01:47
 コメント欄のなくなった..
by 重ねてすみません(しょう) at 17:36
 mewさんこんにちは。..
by 伊東 勉 at 02:21

ブログパーツ

タグ

(1253)
(761)
(647)
(463)
(268)
(261)
(255)
(233)
(222)
(163)
(159)
(159)
(153)
(149)
(146)
(146)
(144)
(132)
(126)
(121)

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

政治・経済
時事・ニュース

画像一覧

田原総が巨泉、永六輔を偲ぶ&2人の反戦、反骨の姿勢をテレビ人も思い出して欲しい

頑張ろう、東日本&ニッポン!安心と希望を抱ける1年に。o(^-^)o 
頑張ろう、熊本&大分!o(^-^)o


よろしければ、1日1回、2つのランキングの応援クリックをしてくださいませ。m(__)m

  

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

【*1、*2などの関連記事は、記事の最後にあるMoreの部分にあります。】


 8月末に永六輔さん、9月5日に大橋巨泉さんのお別れ会が相次いで行なわれた。(-_-)

 この2人は、日本のテレビ界をまさに創って来た人たちで。その面で彼らから、大きな影響を受けた人たちもかなり多いのではないかと察するが。
 2人とも、戦争を体験した世代として、日本が2度と戦争の道を進まないように、様々なメディアを通じて、アピールし続けて来たことでも知られている。(・・)

 mewはたまたま、今年2月にこの2人がそろって徹子の部屋に出演したのを見ていて。日本がどんどんアブナい道を進もうとしている中、何とか2人に少しでも長生きしてもらって、平和の大切さを発信して欲しいと願っていたのだけど・・・。

 2人とも、改憲勢力が2/3の議席をとったとされる参院選が行なわれた7月に亡くなったのは、本当に残念なことだ。_(。。)_

 大橋巨泉さんについては、『巨泉が「安倍の野望は恐ろしい」「野党に投票を」と遺言。反権力の重要性も説く』巨泉、野党への投票を呼びかけ、以前から+安倍のごまかし、すり替えを大批判』の記事をアップしたのだが。
 今回は、永さんに関する記事、そして田原総一朗氏の「永六輔さん、大橋巨泉さん逝去で僕が考えたこと」をアップしたい。

* * * * *

『反戦、反骨、ラジオ愛し 永六輔さん死去 83歳

2016年7月12日 朝刊 東京

 大ヒット曲「上を向いて歩こう」や「遠くへ行きたい」の作詞、ベストセラー「大往生」の執筆など多彩な活躍で知られる放送タレントの永六輔(えいろくすけ)(本名永孝雄(えいたかお))さんが七日、肺炎のため東京都渋谷区の自宅で死去した。八十三歳。東京都出身。葬儀・告別式は近親者で行った。喪主は長女千絵(ちえ)さん。お別れの会を開く予定。

 東京・浅草生まれ。早大中退。NHKのラジオ番組「日曜娯楽版」への投稿をきっかけに三木鶏郎さんが率いた制作者集団「冗談工房」に参加、コント作家を経て放送作家の道に進んだ。
 渥美清さんや黒柳徹子さんが活躍したNHKの人気番組「夢であいましょう」で台本を担当。その後も「遠くへ行きたい」「テレビファソラシド」など、多くのテレビ、ラジオ番組を手掛けた。

 作詞では、作曲家中村八大さんとのコンビで「こんにちは赤ちゃん」などのヒット曲を連発。坂本九さんが歌った「上を向いて歩こう」は「スキヤキ」の英語タイトルで全米ヒットチャート一位を獲得した。ほかに「見上げてごらん夜の星を」「いい湯だな」など。
 尺貫法の復活を呼び掛けるなど、日本の伝統文化の復権にも取り組んだ。一九八三年の参院選に出馬、落選した。

 社会風刺の効いたエッセーなど著述業で業績を残し、九四年に出版した「大往生」は二百万部のベストセラーに。他の著作に「職人」「芸人」など。二〇〇〇年に菊池寛賞を受賞した。

 近年は主にラジオで活躍。一九六七年から二〇一三年まで続いたTBSラジオ「永六輔の誰かとどこかで」は一万二千回を超す長寿番組だった。パーキンソン病などで闘病生活を送りながら活動していた。

 ◇ 

 永さんは一九九七年四月~九九年三月、本紙にコラム「言いたい放談」を担当、二〇〇五年一月にはリレーエッセー「わが街わが友」を執筆した。

◆「戦争語れる最後の世代」

 永六輔さんは反戦・反骨を貫いた人でもあった。昨年一月に東京都内で開かれたイベントでは車いすでステージに上がり、戦争の悲惨さを涙ながらに訴えた。
 東京の下町で生まれた永さんは戦時中、宮城に集団疎開した国民学校の仲間たちとは別に、長野の知り合いの家に疎開していた。一九四五年三月、卒業式を母校で行うために宮城から東京に戻った六年生は、東京大空襲に遭ったという。

 「東京に向かって子どもをいっぱい乗せた列車がどんどん走った。そして東京で死んだ子どもがいっぱいいた」。そう語り、おえつを漏らした。

 戦後、「上を向いて歩こう」「こんにちは赤ちゃん」など庶民の目線に立った作品を作り続けた永さん。六〇年安保を巡っては当時の若手文化人と共に安保反対を表明。自身のラジオ番組や講演、著書では平和や日本国憲法の大切さを繰り返し説いてきた。

 二〇一四年に刊行したエッセー集「むずかしいことをやさしく、やさしいことを深く、深いことを面白く」ではこう決意を述べている。「戦争を語ることができる最後の世代としてもラジオのスタジオに通い、憲法改正をはじめ、なんだかきなくさい最近の風潮に立ち向かおうと思う」
 だが、改憲勢力が三分の二を超えた参院選の選挙結果を見る前に「遠くへ」旅立った。』

☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆

人気ブログランキングへ にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆

 
『永六輔さん、大橋巨泉さん逝去で僕が考えたこと 田原総一朗

BLOGOS 2016年08月01日

永六輔さん、そして大橋巨泉さんが亡くなった。昭和のラジオ、テレビ界で活躍されたおふたりが、相次いで世を去った。同年代の僕としては、たいへん感慨深い。彼らと僕には、考え方において細かい違いはあった。だが、共通点もあった。それは、「戦争を知る世代」として、平和は必ず守らねばならないという思いを貫いてきたことだ。

永さんは、憲法9条を守るべき、という信念を最後まで強くお持ちだった。一方、大橋さんは当時、民主党幹事長だった菅直人さんに依頼され、参議院選挙に出馬。「小泉フィーバー」で自民党が圧勝するなか、見事に当選した。しかし、大橋さんは、アメリカ同時多発テロの際の国会決議で、「アメリカを支持する」という一文を理由に、党で唯一反対に回った。自衛隊のインド洋派遣についても、事後承認に異議を唱え、結果的に議員を辞任することになる。おふたりとも、「絶対に戦争はダメだ」、その思いを貫いた信念の人だった。

先日、僕は黒柳徹子さんと、『トットちゃんとソウくんの戦争』という本を出した。終戦のとき、黒柳さんは12歳、僕は11歳だった。黒柳さんは父上が出征していた。そして終戦後、シベリアに抑留された。父上が帰国されたのは1949年のことだ。

帰国後の黒柳さんの父上は、以前と変わらずやさしかった。が、シベリアについては口をつぐんでいたという。シベリアでのつらい体験を、子どもたちには聞かせたくなかったのだろう。「もし父がシベリアの地で死んでしまったら、(中略)私は父を死に追いやった誰かを憎みながら、その後の人生を生きることになっただろう」と、黒柳さんは書かれている。

僕の従兄弟は、海軍兵学校に通っていた。彼の立ち居振る舞いと白い制服に、僕は憧れた。当時、少年だった僕の夢は、海軍兵学校に入り、「名誉の戦死」を遂げることだった。見事な軍国少年だったのだ。

そして、11歳で終戦を迎えた。玉音放送があった日のことを、よく憶えている。自分の夢が破れたことが悔しく、泣いて泣いて泣き疲れて眠ってしまった。しかし、夜になって目を覚ますと、街が明るい。前夜まで、空襲に備えて灯火管制が敷かれていた。それももう必要なくなったのだ。複雑な思いを残しながらも、不思議な解放感が僕の心を照らしたのだ。

黒柳さんも僕も、あの戦争を肌身をもって体験している。ともにテレビという世界で生きていながら、立ち位置はだいぶ違うけれど、「平和を守る信念」と「テレビのもつ力」を信じているという点では、共通していると思う。

黒柳さんは、子どもの頃、スルメの足をもらえるというので、出征する兵士を旗を振って見送ったそうだ。そのことに、今でも罪悪感を持っているという。

また、俳優の芦田伸介さんがおっしゃった、「無力の罪」という言葉を、黒柳さんは深く記憶しているともいう。「戦争に向かう巨大な力の前では、私たちは無力だったかもしれないが、だからどうすることもできなかったではすまされない」と。

黒柳さんはその信念のもと、ユニセフ親善大使として、世界各国を、紛争地域もものともせず飛び回っている。大変なバイタリティだ。

僕も安穏としてはいられない。これからも生涯一ジャーナリストとして、日本が戦争ができる国にならないよう、しっかりと発言していくつもりだ。戦争を知っている世代が、どんどん少なくなっている。残された僕らにできることを、やり続けたい。』

* * * * *

 また、東京新聞には、こんな記事も出ていた。米ジャーナリストらが、永さんの遺志をつぐために、憲法バッジを作成したという。(・・)

『白一色のピンバッジ。八十三歳で七月に死去した作詞家でタレントの永六輔さんと、長年交流してきた米国人ジャーナリストのケン・ジョセフさんらが「憲法を守るために何ができるか」と話し合う中で生まれた。「平和と自由は弱く、一晩で消えてしまう」と危機感を抱くジョセフさんは、人々が身に着けることで静かな意思表示を広げていきたいと考えている。 (飯田孝幸)

 「『何それ?』って聞かれたときに、『憲法を守るバッジだよ』と言えればいいよね」。ジョセフさんはシンプルなデザインの意図を語る。バッジは三センチ×一・三センチの大きさで、メッセージは書かれておらず、リボンのような形にも意味はないという。

 ジョセフさんは日本で生まれ育った。大学卒業後の一九八七年、ボランティア組織「アガペハウス」を設立。八九年のサンフランシスコ大地震や阪神大震災など国内外の災害時に、日本の若者たちと救援活動をした。イラク戦争後には現地で復興活動に携わった。

 二十五年ほど前に演劇を見に行った際に、偶然同席した永さんから声を掛けられ、その後、永さんのラジオ番組に出演したり、一緒に本を書いたりして交流を深めた。
 戦時中の疎開体験や平和への思いを繰り返し聞いていたが、特に共感したのは平和憲法に対する思いだった。
 「数年前から改憲の危機が高まり、なんとかしなきゃ、とバッジをつくることを決め、永さんも賛同してくれていた」。二百個作ったバッジは、永さんが亡くなった七月七日に納品された。その一つを、永さんの自宅を訪れ、遺影にささげたという。(東京新聞16年8月30日)』

 そして、政治系ブログの片隅で、微々たる力しかないけれど。でも、平和を願うひとりの国民として、自分たちにできることをやって行きたいと思っているmewなのだった。(@@)

 THANKS
                                            
【下の2つのランキングに参加しています。できれば、2つともクリックして頂けると、有難いです。組織票は全くなく、記事を読んで下さる方々だけが頼りなので、よろしくお願いします。m(__)m】


↓このクリックが、mewの大きな励みに。(・・)




にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ


↑もう1クリックが、ブログを続けるエネルギー源に"^_^"

[PR]
by mew-run7 | 2016-09-12 03:59 | 政治・社会一般 | Trackback(1)
トラックバックURL : http://mewrun7.exblog.jp/tb/24652313
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
Tracked from 国民の生活が第一は人づく.. at 2016-09-12 09:34
タイトル : 小池都知事誕生は政権交代と同じ、国民に不都合な事実が築地..
 小池都知事誕生は政権交代と同じ、国民に不都合な事実が築地移転問題で明るみに、国政でも安倍政権の政権交代が起きれば国民に隠していることが続出するだろう、築地市場(東京都中央区)の移転先となる豊洲市場(江東区)で、都が土壌汚染対策に実施したとしていた4・5メートルの盛り土が一部行われていなかった問題で、食品を扱う主要施設の地下空洞に地下水がしみ出している恐れがあることが10日、都幹部への取材で分かった。専門家会議が提言した盛り土を行わないまま、施設を建設した影響とみられ、都で汚染の有無などを...... more