今度こそ「すってんころりん」しないために(2)~細川政権の崩壊から始まった悪戦苦闘の日々

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*印のついた報道記事は、文末のMore部分にあるです。

 民主党の小沢氏が、選対担当代表代行として、本格的な地方行脚
を始めたという。*1<どこかの報道記事には、代表という肩書きが
はずれて、却ってのびのびと活動している、と書いてあった。>

「選挙の顔」は、鳩山代表と岡田幹事長、実質的な選挙対策は
小沢代表代行<フォローで菅代表代行?>、民主党の、この4人の
代表経験者がうまく役割分担をして、それぞれの力が発揮できれば
次の総選挙は、大きな期待ができることだろう。"^_^"

 先日、参院の興石代表代行も含め、執行部の5人が写っている
写真を見て、ふと気づいたことがあった。
 彼らは、み~んな、あの93年に誕生した史上初の非自民・細川
政権に参加していて、そして、1年にも満たないうちに「すってん
ころりん」していたのである。(゚Д゚)
 
 それから15年、彼らはいつかまた非自民の政党をと思いつつ、
今日まで来たのだ。(ノ_-。)

 というわけで、今回は、93~94年の「すってんころりん」
の話から始めることにした。(・・)

* * * * *

 mewは、いつも書くように、小さな頃から、いつか日本が政権
交代をできる国になるといいな~と夢見ていたのだが。

<当初は「他国では今度はXX党が選挙で勝ったとか、○○党の
大統領に変わったとか言っているのに、どうして日本は、自民党
ってとこがいつも選挙に勝ったり、首相や大臣を出しているん
だろ~」という素朴な疑問から始まったのだけど。
 中学か高校の時に、英字新聞の社説かなんかに「日本は民主主義
の国だが、長い間、実質的に一党独裁が続いている」って書いて
あったのを見て、何かめ~っちゃ原始的な国家のように思えて屈辱
に感じて、絶対にいつか政権交代をできる国にしたいと思った。(・・)>

 90年代、東西冷戦が終わって(確かその直前に、消費税参院選
で社会党が自民党に勝ったりもして)、これで日本もようやく政権
交代できるのではないかと、ワクワクしていたのだけど。
 それから早20年近く<20歳以上だって、バレちゃうわ~^^;>
まさに「ホップ・ステップ・すってんころりん」の繰り返しに
悔しい思いをしながら、今日に至ってしまったのだった。(ノ_-。)

* * * * *

 mewが、最初にすごくワクワクさせられたのは、やはり93年
に小沢氏らが自民党を離党して、非自民党の政党を結集し、細川
政権を作った時だ。<自民党結党以来、初の非自民党政権だ。(・・)>

 この時、細川氏の首相擁立を決め、かなり主義主張の異なる
7政党1グループを一つに結びつけた小沢氏の策略&手腕は実に
見事なもので。小沢氏は、そこから新たな自民党と互角に争える
大きな政党を作って、二大政党制を築こうとしたのだが・・・。

 小沢氏の強引な手法が目立つようになって、他党の幹部や議員
との関係が悪化。さらに、細川氏に佐川急便との間の金銭スキャン
ダルが浮上して、細川氏がいきなり首相辞任を発表したことなど
から、結局、1年立たないうちに、非自民党政権が崩壊すること
になって、最初の「すってんころりん」をすることになったの
だった。(>_<)

<この細川スキャンダル&いきなり辞任発表の陰には、自民党や
支持団体、マスコミの存在が考えられることは言うまでもない。>

 小沢氏は、この後、何回かインタビューで、「細川氏があと1年、
首相を続けてくれれば、あの時、日本に、政権交代可能な二大政党
制を作ることができたのに」と語っているのだが・・・。

 この時、初めて「下野」(野党に落ちた)屈辱の経験をした、自民党
は、その後、たとえ理念の全く違う政党と連立を組もうと、党の方針や
政策をコロコロ変えようと・・・そしていざという時は。アレコレの方策を
講じて、「何が何でも自民党の政権の座を守ろう」と必死になるの
だった。(-"-)
 
* * * * * * 

 そして、今の民主党の執行部のメンバーは、全員、この細川政権
に参加していて、小沢氏と共に「すってんころりん」しているの
だけど。^^;
 また、もうこの頃から、各氏と小沢氏との立場の違いは、かなり
出ているところがあった。(・・)

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 鳩山氏と岡田氏は、小沢氏と同じ自民党・竹下派に属していた
のだが。
 当選2期だった鳩山氏は武村氏と組んで、新党「さきがけ」を
結成。その後、自社さ政権に参加して、ずっと小沢氏と距離を置く
形をとっていた。<どちらかと言えば、既に対立気味だったかも。>

 でも、小沢幹事長の下で当選したばかりだった岡田氏の方は、
先日の会見でも「政界の父親が小沢さん、母親が羽田さん」と
語っていたように、小沢、羽田氏とついて行く形で新生党→新進党
に所属。97年に小沢氏が新進党を、一方的に解党した際に、
小沢氏に反発を覚え、袂を分かつことになる。<その意味では、
岡田氏の方が、鳩山氏よりも小沢氏や長老派に近い立場なのだ。>

 菅直人氏は、この頃は既に中堅議員で、社民連の一員として、
非自民の連立政権作りに貢献。最初から、自民党的な金権&強権
政治の権化みたいな小沢氏とは合うはずもなく。この後「さき
がけ」に合流。社会党にいた興石氏と共に自社さ政権に参加する。

 おまけで言えば、クリーンな保守を目指す細川氏に憧れていた
前原氏は、日本新党の旗揚げ&細川連立政権に参加していたの
だが。細川氏を強引に操ろうとする豪腕&ダーティな小沢氏に
立腹して、この頃から、すっかり小沢嫌いに。^^; そして、
前原氏もこの後「さきがけ」に合流する。(・・)

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

 90年代の小沢氏はまだ若く、自民党TOPの幹事長を務めて
いた&首相候補にもなっていたこともあり、自信満々の感じが
あった。おそらく彼は、あと何年かで、またすぐに自民党に勝てる
ような政党を作れると考えていたことだろう。(・・)

 しかし、94年に作った新進党では、小沢氏の強引なやり方に
疑問を覚えた議員が次々と離脱して、97年に解党することに。
次に作った自由党も、一時、勢力を伸ばして、99年には、自民
党と連立を組んだりもしたのだが。00年に連立解消をする際に、
小池百合子氏や二階氏などが、連立継続を求めて分裂。
 自民党に対抗できるほど、党の勢力を大きく伸ばすことができ
ないままでいた。(-"-) <ころりんしたままの状態?^^;>

* * * * *

 他方、鳩山由紀夫氏は弟の邦夫氏と新党の立ち上げを模索。
結局、96年に菅直人氏ら「さきがけ」の議員を中心に、旧社会
党の議員などと組む形で、「元祖・民主党」を立ち上げる。(**)
 
 この時、鳩山氏らはと~っても若くて<政界の40代は、世間
の20代みたいな感じだし>、政権交代可能な政党を作るだけで
なく、若い力で、自由&民主主義的な政党を作るという崇高な理想
を掲げて、年配の政治家の入党を断ったりもしていた。

 この頃、も~っと若かったmewは、この「元祖・民主党」の
結成に、ワクワクさせられたものだった。(~~)
 mewは、右とか左とか、保守とか革新とか、そのような垣根
を乗り越えた民主的な政党が欲しいと思っていたからだ。そして
また、イバリッチやタヌキ・ジジ・・・もとい、おじ~ちゃまは
入れずに、新しい政党や国政の形を作って行こうとする彼らの気概
を意気に(粋にも)感じていたりもした。(^^♪

 でも、世間から見れば、この元祖・民主党は、若造たちが政治
ロマンごっこをしているような政党にしか見えなかったようで。^^;
地方組織などを充実させて、全国に支持基盤を広げるのも大変で、
なかなか勢力が伸ばせず。(-"-)
 党内でも、お互いの考えに食い違いが生じ始めて、99年には
弟の邦夫氏が、都知事選出馬をきっかけに離党してしまう。<その
後、自民党に復党。^^;>

 そこで「プチすってんころりん」を味わった鳩山由紀夫氏や菅氏
らは、党を再生すべく、当時、院内会派を組んでいた旧・新進党
(元・民社、自民など)の議員と一緒になる形で、99年に新たな
形で「民主党」を結成。この時に岡田氏も民主党に合流する。(・・)

 この時、mewは、いわゆる長老派など元・自民党の議員が
増えたことに、「これじゃあ、第2自民党になっちゃうじゃ~ん」
と、あまり快く思っていなかったのだが。(-"-)
 世の中は、ここで民主党の議員層に厚みが出たことを評価した
ようで、民主党は少しずつ議席を伸ばして行く。(@@) 

  そして、このあと、ついに小沢自由党が民主党に合流すること
になって。民主党は、本格的に政権交代を期待される政党になる
のだけど。
  ここからもホップ・ステップ・すってんころりんが続くので
あった。(ノ_-。)

  つづく
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*1

『民主党の小沢一郎代表代行は22日、鹿児島県霧島市であった次期衆院選新人候補予定者のパーティーに出席し、地方行脚を再開。鳩山由紀夫代表とも衆院選候補の擁立状況を協議するなど「選挙担当」として本格始動した。

 小沢氏は霧島市で記者団に「新代表に選挙を任されたので、一人でも多くを当選させる。(衆院選は単独)過半数を目指す」と強調。これに先立つ鳩山氏との協議では、太田昭宏・公明党代表の対立候補として自身の「くら替え」説もあった衆院東京12区について「いろいろ名が挙がっているが、もっといい候補がいるのでは」と新たな候補擁立に強い関心を示したという。

 新執行部体制では、小沢代表の下で選挙実務を担った赤松広隆選対委員長が続投。役員室長を務めた奥村展三衆院議員が選挙PRを担当する広報委員長に就き、「小沢選挙シフト」は強化された。19日には静岡県知事選(7月5日投票)の対応を巡り細野豪志衆院議員に「できるだけ戦えるようにしろ」と民主系候補の擁立を指示するなど、小沢氏は地方選も含む選挙全般を指揮する構えだ。

 岡田克也幹事長は22日の記者会見で「選挙の実務は小沢代行にやっていただく」と強調。自らは「週末なるべく多くの候補を(応援して)回りたい」と述べた。「選挙の顔は鳩山、岡田。選挙対策は小沢」(党幹部)の役割分担が定着しそうだ。<毎日新聞22日>』exciteコチラ
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by mew-run7 | 2009-05-23 10:42 | 民主党、民進党に関して