菅の12日の福島原発行きの真相~東電が、震災当初から、指示に従わず。

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最新の記事(10個)のコーナーはヨコの欄に。
*印のついた報道記事は、文末のMore部分にあるです。



 今回の東日本大震災で、mewは、正直なところ、菅首相の
被災者への対応には、少し足りないものや不満をを感じている
のだけど。
<だから、もっと与野党を問わず、多くの人たちの助力を得た方
がいいと提言しているのだが・・・。>

 ただ、福島原発の事故の対応に関しては、たまたま菅氏が首相を
務めている時に問題が生じたことは、ある意味で、不幸中の幸いで
あったと思っているし。
 歴代の首相や近時のどの首相候補よりも、菅首相がこの件の
対応を行なうことに、大きな期待を寄せている。(・・)

<もし最悪の事態になれば、日本の国自体が崩壊の危機に瀕する
ことにもなりかねないし。mewも含めて、国民の生命や身体、
生活などに大きな被害をもたらすことにもなるわけで。
 mewだって、菅氏が好きか嫌いかという次元で考えるのでは
なくて、本当に国民のために、この原発事故の状況悪化を食い
止めるだけの能力&意欲がある人にやって欲しいと思うのよね。>

* * * * * 

 mewが、菅首相の原発事故の対策に期待する理由や、自民党
との連立&原発問題の関わりなどについては、改めて、別の記事
で書くことにしたいのだが。その前に・・・

 野党や一部メディアは、菅首相が、12日に福島事故の原発に
視察に行ったことを、パフォーマンスだと批判。
 しかも、その首相の視察が行なわれたことで、圧力を下げる
作業(ベント)が遅れて、事態を悪化させたと、菅首相の責任を
問う声さえ出ていた。(-"-) <関連記事*1>

 でも、実際の状況は、かなり異なるようだ。(・・)
 
 菅首相は、震災の起きた11日の夜にはベントの指示をして
いたのに、東電がそれに従わず、作業を開始しなかったとの
こと。
 それで、菅首相は、急遽、12日の視察の際に、批判されるのを
覚悟で、自ら福島原発に乗り込むことに決めたというのだ。(**)

* * * * *

 本来であれば、このような問題の対応を考えるのは、首相の
仕事ではない。 
 本当なら、まずは、東電やそれを管轄している保安院が、責任
を持って、きちんと状況の把握や情報の収集をして、官邸や国民
に伝えたり、適切な対応策を講じるべき役割を担っていて。
 首相は、その報告や提案を受けた上で、最終的な判断をするのが
一般的な形なのではないかと思われる。(・・)

<追記・内閣にある原子力安全委員会の存在を失念していた。
コチラに首相官邸ー委員会ー保安院ー東電の関係の図が。)
それくらい、ほとんど役割を果たしていないかも。^^;
関連記事*2>

 でも、正直なところ、菅首相だけでなく、国民の多くも、今、
東電や保安院に、全てを委ねたいとは思わないだろう。
 彼らは当初より自己保身に走り、できるだけ自分たちにとって
都合のいいような数字や情報を出そうとしたり、曖昧な説明を繰り
返したりすることが多かったし。対応策も後手後手に回っており、
彼らに対する不信感が日々増大しているというのが実情だ。(ーー)

 それでも、もし他の首相であったなら、原子力やら原発の仕組み
やらに関して基本的な知識もない議員が多いだけに、専門的に事故
の状況や対応の説明を受けても、ほとんど理解できず。東電や
保安院の報告を鵜呑みにして、対応をお任せしてしまった可能性が
高いし。
 もしそうしていたら、今頃、もっとヒドイ状況になっていた
可能性も否定できないだろう。(-"-)

 しかし、菅首相は、東工大工学部応用物理学科卒で、原子力に
関してもそれなりの知識があったし。一般人(特に文系人)に
比べれば、専門的なことも理解する能力が高い。
 それゆえ、科学的見地から、東電や保安院の報告や言動、
対応がおかしいと気付くのも早いし。色々と勉強して、自分なり
の判断をすることも可能なわけで。mewは、その点に最も
期待しているのである。(・・)

<さらに言えば、菅氏は、自民党の議員のように、東電などと
結託して(利益や便宜も供与されて?)、原発政策をひたすら
推進したり、各地の原発利権に絡んだりしたこともないので、
東電や関連企業、団体、官僚などなどに遠慮することなく、純粋に
国や国民のことを考えて、事故の対応に当たることができると思う。>
  
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長いので、チョットお休みタイム。( ^^) _旦~~so-cha o douzo!
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 そして、上述した11日の震災直後からの原発問題への対応や
12日の福島原発視察などに関して、昨日4日に、こんな報道
記事が出ていたので、ここにアップしておきたい。

『東日本大震災から一夜明けた3月12日午前6時すぎ。菅直人
首相は陸自ヘリで官邸屋上を飛び立ち、被災地と東京電力福島第1
原発の視察に向かった。秘書官らは「指揮官が官邸を不在にすると、
後で批判される」と引き留めたが、決断は揺るがなかった。

 「総理、原発は大丈夫なんです。構造上爆発しません」。機内の
隣で班目(まだらめ)春樹・内閣府原子力安全委員会委員長が
伝えた。原発の安全性をチェックする機関の最高責任者だ。

 第1原発は地震で自動停止したものの、原子炉内の圧力が異常に
上昇した。東電は格納容器の弁を開放して水蒸気を逃がし、圧力を
下げる作業(ベント)を前夜から迫られていた。班目委員長は
「視察の前に、作業は当然行われていたと思っていた」と振り返る。
だが、着手は遅れた。

 首相は官邸に戻った後、周囲に「原発は爆発しないよ」と語った。

 1号機でようやくベントが始まったのは午前10時17分。
しかし間に合わず、午後3時半すぎに原子炉建屋が水素爆発で吹き
飛ぶ。「原発崩壊」の始まりだった。致命傷ともいえる対応の遅れ
は、なぜ起きたのか。

 ◆        ◆

 11日、東電の勝俣恒久会長は滞在先の北京で震災の一報を知る。
心配する同行者に「情報がない」と漏らし顔をゆがめた。衛星携帯
で本店と連絡を取り続けたが、帰国できたのは翌12日。清水正孝
社長も出張先の関西から帰京できない。東電はトップ不在のまま
対策本部を置く。

 一方、官邸の緊急災害対策本部。当初、直接東電とやりとりする
のではなく経済産業省の原子力安全・保安院を窓口にした。「原子
炉は現状では大丈夫です」。保安院は東電の見立てを報告した。

 しかし、事態の悪化に官邸は東電への不信を募らせる。菅首相は
11日夕、公邸にいる伸子夫人に電話で「東工大の名簿をすぐに
探してくれ」と頼んだ。信頼できる母校の学者に助言を求めるため
だった。

 11日午後8時30分、2号機の隔離時冷却系の機能が失われた
ことが判明する。電源車を送り込み、復旧しなければならない。
「電源車は何台あるのか」「自衛隊で運べないのか」。首相執務室
にホワイトボードが持ち込まれ、自ら指揮を執った。

 官邸は東電役員を呼びつけた。原子炉の圧力が上がってきたこと
を説明され、ベントを要請した。しかし東電は動かない。マニュ
アルにはあるが、日本の原発で前例はない。放射性物質が一定程度、
外部へまき散らされる可能性がある。

 「一企業には重すぎる決断だ」。東電側からそんな声が官邸にも
聞こえてきた。復旧し、冷却機能が安定すればベントの必要も
なくなる。

 翌12日午前1時30分、官邸は海江田万里経産相名で正式に
ベントの指示を出した。だが、保安院は実際に行うかどうかに
ついて「一義的には東電が決めること」という姿勢を変えない。
国が電力各社に文書で提出させている重大事故対策は「事業者の
自主的な措置」と位置づけられている。

 「東電はなぜ指示を聞かないのか」。官邸は困惑するばかり
だった。首相は「東電の現地と直接、話をさせろ」といら立った。
「ここにいても何も分からないじゃないか。行って原発の話が
できるのは、おれ以外に誰がいるんだ」。午前2時、視察は
こうして決まった。

 事故を防ぐための備えは考えられていた。しかし、それでも
起きた時にどう対応できるか。班目委員長は取材に「自分の不明
を恥じる」と言ったうえで、こう述べた。「その備えが足り
なかった」

      ◆

 東日本大震災から人も国も再び立ち上がるには何が必要なのか。
教訓を得るというには重すぎる出来事を後世にどう伝えればいい
のか。あらゆる現場を見つめ直し、長い時間をかけて考え続け
なければならない。随時掲載する「検証 大震災」の初回は、
かつてない原発の大事故に政府や東電が当初どう対処したのか
を報告する。【震災検証取材班】<毎日新聞4日>』

* * * * *

 15日の早朝に菅首相が、東電に乗り込んで、情報伝達の
遅さや、東電が撤退する意向を示したことに怒って、怒鳴り
つけたという話があったのだが・・・。

 おそらく、11日の震災の直後から、上述の件も含めて、
菅首相は東電に対して不信感を募らせるようなことが続いて
いたために、そうなったのではないかと察する。(・・)

 そして、少なくとも福島原発の事故対策に関しては、菅首相が
国民のためにも何とかしようと懸命に戦っている&努力している
ことを理解してもらえるといいのにと。
 政治家も国民もメディアも含め、何かにつけて足を引っ張ろう
とするのではなく、全体でサポートして行ってもいいのではない
かな~と。それが、自分たちのためにもなる可能性が高いのでは
ないかと思ったりもしているmewなのだった。(・・)

                 THANKS

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作った「【政権交代】を目指すブログ結集!」をご参照下さい。
 






*1

『 二十九日の参院予算委員会で、菅直人首相が東日本大震災翌日の十二日に首相官邸を離れ、福島第一原発を視察したことをめぐり論争が繰り広げられた。野党側が「初動対応の遅れにつながった」と批判したのに対し、首相は現地の状況を把握するうえで必要だったと反論。初動段階での首相の行動は今後も議論を呼びそうだ。

 論戦のポイントになったのは、1号機で格納容器の圧力を下げるために行われた放射性物質を含む蒸気の排出「ベント」。政府は十二日未明に指示したが、実際に東京電力が作業を始めたのは同日午前九時すぎだった。

 これについて、公明党の加藤修一氏は「ベントをしなければいけない時に首相が来れば、(東電は)受け入れ態勢を取らなければならず、判断が鈍る」と指摘。「被ばくの関係があるので(首相の被ばくを)避けるために遅らせたともいえる」と述べ、首相の視察がベントを遅らせた可能性に言及した。

 自民党の礒崎陽輔氏も「緊迫した状態の中、視察に行ったのは初動ミス」、たちあがれ日本の片山虎之助氏は「総大将がうろうろしてはいけない」と、軽率な行動だったと批判した。

 これに対し、首相は「(視察前の)午前一時三十分にベントをすべきだと政府の方針を決め、一貫して東電に伝えていた」と反論。「現地の状況がつかみきれなかったので、現地の状況を把握することが重要と考えた」と、対応を急ぐためにも現地視察は必要だったと強調した。

 海江田万里経済産業相も「首相と私の判断でベントを決めてから、一時間おきに東電に早くベントをするよう促した」と首相の視察とは関係なく、ベント実施は指示し続けていたと説明した。

 ただ、首相側としても、東電側が首相の被ばくを恐れて自主的にベントを遅らせた可能性までは否定しきれなかった。

 2号機の炉心溶融が予測されるなど危機的な状況が進行していたにもかかわらず、国政の最高責任者が官邸の危機管理センターを離れた事実も重い。

 自民党の石原伸晃幹事長は二十九日の記者会見で、首相の原発視察について「時系列を追って調査している。時期が来たら、ただすべき問題だ」と、今後も追及していく考えを示した。
<東京新聞3月30日>』

*2

『原子力の安全確保の基本方針を決める原子力安全委員会の存在が、揺らいでいる。事故時には専門家の立場から政府や事業者に助言をする役割も担うことになっているが、福島第一原発の対応では本来の使命を十分に果たせていない。未曽有の大事故に、能力の限界を指摘する声も内部から上がっている。

 安全委は内閣府に置かれた、省庁から独立した機関。作業員2人が死亡、住民ら約660人が被曝(ひばく)した核燃料施設JCOの臨界事故(1999年)の反省から、直接事業者を規制する原子力安全・保安院が経済産業省の中に設けられ、その保安院の安全規制を監視するお目付け役として、独立色を強めたはずだった。

 安全委の委員は、原子力や放射線などの専門家5人。約100人の職員が事務局として支える。ふだんは安全審査や原子力防災の指針を定めるなどの仕事をしているが、今回のような事故時には、緊急に専門家集団を設けて首相に技術的助言をすることが原子力災害対策特別措置法で決まっている。

 だが、安全委は当初沈黙を続けた。住民の被曝や汚染の広がりの予測に役立つ放射能拡散の試算もなかなか公表しなかった。

 班目(まだらめ)春樹委員長が初めて会見したのは、地震発生から12日後の3月23日。「助言機関として黒衣に徹してきた」と釈明した。2号機の建屋外で高濃度の放射能汚染水が見つかった28日の会見では、「どんな形で処理できるか知識を持ち合わせていない。保安院で指導してほしい」と自らの役割を否定するような発言も飛び出した。

 安全委は事故発生当日、専門家集団を招集するとともに、現地へ職員を派遣した。官邸や保安院、東電にも連絡係を置いて情報を集めてきた。だが、委員の一人は「今の安全委では人手が足りない」と漏らす。

 代谷(しろや)誠治委員は「原子炉の圧力などの重要なデータが時々刻々で入ってこない」と打ち明ける。4月1日に始まった原発敷地内での飛散防止剤散布も「漏れ伝わってきた程度」といらだちを隠さない。

 JCO事故の際に陣頭指揮を執った安全委員経験者らからは「今回は安全委の顔がみえない」「技術的側面の支援をしていない」との批判まで出ている。

 政府内でも存在感は薄れていくばかり。菅直人首相は3月16日から29日にかけて原子力などの専門家6人を内閣官房参与に次々と起用。4月1日には放射線医学の専門家を首相官邸に招いて意見交換した。その一方で、政府は保安院の院長や審議官の経験者を安全委事務局に送り込み、てこ入れを図り始めた。

 安全委は4日に開いた定例会で、地震後初めて保安院から事故の正式な報告を受けた。報告内容はすでに入手済みの情報ばかり。班目委員長は「保安院とのコミュニケーションが足りないと思っていた。今回の報告が改善の一歩になれば、というのが本音だ」と話した。< 朝日新聞5日>』



  
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by mew-run7 | 2011-04-05 04:36 | 民主党、民進党に関して