「菅前首相は日本を救った(by細野)」の聴取内容&それを読んで思ったこと

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*印がついた報道記事は、記事の最後のMore部分にあるです。

  先週、あの菅バッシングの急先鋒である産経新聞が『「菅前首相は日本を救った」と細野環境相』というタイトルの記事を載せていたので、「え?どうしちゃったの?」とちょっとビックリしてしまったところがあったです。(・o・)

『細野豪志原発事故担当相が、福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)の聴取で、昨年3月15日に菅直人首相(当時)が東京電力本店に出向き「撤退はあり得ない」などと言った問題について、「日本を救ったと思っている」と話していることが24日、分かった。民間事故調が同日夜、聴取内容をホームページ(HP)上で公開した。

 事故当時、首相補佐官だった細野氏に対しては、政府事故調や国会事故調も聴取しているが、すべて非公開で、細野氏への聴取内容が公になるのは初めて。

 細野氏は、菅氏について「国が生き残るために何をしなければいけないかの判断は、すさまじい嗅覚がある人」と評価した。そのうえで「私は(菅氏のように作業員に)『残れ』と言うことには躊躇(ちゅうちょ)した。言えない」と述べている。

 民間事故調は、報告書の中で、菅氏のこの時の行動を評価しているが、細野氏のこうした証言が強く影響しているとみられる。

 一方、政府が作成しながら公表せず、批判された「最悪シナリオ」については、細野氏が作成を指示したと証言。公表しなかった理由については「数カ月かけて深刻な影響を及ぼすもので、その間に対応できると判断した」と説明した。

 民間事故調は細野氏のほか菅氏▽枝野幸男経済産業相▽海江田万里前経産相▽福山哲郎元官房副長官-の4人の聴取内容も同日、公開。内容は民間事故調のHP(http://rebuildjpn.org/)で見られる。(産経新聞7月24日)』

* * * * *

 で、早速、上にリンクされている民間事故調HPの聴取内容を見てみたのだが。

 このPDFが簡単にコピーできないタイプのものなので、少ししかここにアップすることができないのだが。
<何かコピーしようとすると、書式がおかしくなってしまうのだ。賢い人なら、やりようがあるのかも知れないのだが。永遠のPC初心者mewは、アレコレ試みてみたものの対処不可能だったです。(ノ_-。)>

 とりあえず、上の記事に該当する部分だけ、プチ・コピペ+手打ちで、アップしてみたいと思うです。

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<役職名は、11年3月当時のもの>

 菅首相が、11年3月12日朝に福島原発に自ら行くことを要望。官邸内では、その妥当性に関して議論が行なわれていた。<細野首相補佐官は、反対の立場だった。>


『そこで出ていた議論というのは、総理は必ず行くだろうと。それはもう菅直人という総理をそのとき我が国のまさにトップに据えていたことの、一つはもう宿命だったと思います。

 ただ、その後の菅総理さまざまな判断であるとか、この問題に対する本人の執着と心いうか当事者意識というか、何とかやらなければならないという――非科学的なことを言うように皆さんは思われるかもしれないけども、やっぱり気力って大事なんですよね。あの数日間寝ずにですよ。本当に一つ一つのことについて我が国の命運を背負って判断するだけの体力というのはそんな簡単じゃないわけですね。それを乗り越えるためには、気力という極めて重要な要素で、それを発揮できる人と発揮できない人ははっきりしてるわけです。

 政治家とか官僚も含めて、もっとこの立場人がこうやったらいいんじゃないかとか、何で あの人はどうだったんとかいろんなことが言われてますし、私なんかは補佐官で主に社会保障を担当していましたから、関係ないではないかと言われるかも知れないけども、その場に集まって、この事態を乗り越えるというだけの気力を持って、24時間数日間、あの現場を何とか回そうとやれる人間って、そんなに大勢いないです。菅総理はその先頭に立ちました。その先頭に立った 一番大きな理由は、
、私はやっぱり現場に行ったことにあるんじゃないかと思っているんですよ。
 
 この事故そのものを乗り越えるのに、菅総理が12日の朝一番で、現場を見に行って、現場の人間でこの人間は信用できるというのを見つけ、そことのコミュニケーションができ、本人が気力を奮い立たせて、事故の収束に当たったという意味では、私は判断は間違っていなかったと思います。』


* * * * * 

 3月14日の夜、福島原発2号機の状況が悪化。最悪の事態が起きるおそれも出ていた。そんな中、東電の清水社長から、海江田経産大臣や枝野官房長官などに、何回か電話があり、海江田氏らは、東電が全面撤退をする意思があるのではないかととらえ、15日の未明に官邸内で協議。午前3時頃、仮眠中の菅首相を起こし、判断を求めることに決める。
 菅首相は、清水社長をすぐに官邸に呼んで状況を確認すると共に、あまりに情報が錯綜していることから、東電内に総合対策本部を作り、官邸の人間を常駐させることを決めた。
<官邸に来た清水社長の答え方が曖昧だったことから、菅首相は、撤退は許容しないこと、またその場で対策本部を作るという指示を直接伝えるために、午前5時頃、東電本社に乗り込むことになった。(ただ、これらの指示は、法律上の根拠がないものであったことから、後に菅首相はそのことで批判されることになる。)>


『総理は清水社長を呼ぶことと、撤退はあり得ないということを伝えることと、統合対策本部をつくるということを全部決断したんですね。だれかがアドバイスしてたのかもしれませんけれども、少なくとも私はずっと官邸の総理の部屋の横もしくは中にいましたので、恐らく菅総理が個人で判断したのではないかと思います。

 ここは、菅政権の歴史的な評価にもかかわることなのであえて申し上げたいんですけども、私は菅直人という政治家の生存本能というか生命力ってすさまじいものがあると思っていて、この局面で我が国が生き残るためには何をしなければならないのかということについての判断は、これはもう本当にすさまじい嗅覚のある人だというふうに思っているんですね。

 その判断は菅さん以外の人がやっていて、あそこで統合対策室をつくるというところまで言い切れるかどうか。さらには東京電力の現場が放射線量が上がって危ないというときに、我々が何を考えたかというと、ここで残れということは彼らが命の危機にさらされるかもしれないと思うわけです。

 私は、「残れ」と言うことに関してはちゅうちょしました。言えないかなと。どういう判断をしたらいいのかわからなかったんですね。それに対して菅総理は、何のちゅうちょもなく「撤退はあり得ない」と言ったわけですね。この菅直人という政治家が持っている、撤退はあり得ないし、東電に乗り込んで法律には書いてないかもしれないけれどもそこでやるしかないんだという判断は、私は日本を救ったと今でも思っています。

 ですから、皆さん大げさに聞こえるかもしれないけれども、菅政権の歴史的な評価というのはまだ片がついてないと。菅総理以外の総理があそこで判断を迫られた場合に、あの判断ができた人がだれなのかというのは、私はわからないですね。

 そういう判断でしたから、それが法律にのっとったものかどうかということでいうと、その議論は全くありませんでした。もうやるしかないということです。ですから統合対策本部の下に、失礼、原災本部の下の組織にしようとかいうことも、これは率直に言うと後から決めた理屈です。』

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 mewは、このブログにも何回か書いたことがあるのだけど。判菅びいきであることはヨコに置いて、客観的に考えても、あの福島原発事故の際に、菅直人氏が首相であってくれてよかったと、心から思っているところがあるのだ。(・・)
<関連記事・『菅叩きをして原発再稼動を目指す推進派にぞっとする』など>

 というのも、1・菅氏は、とりあえず工学部卒で原子力の勉強をしたことがあるので、他の政治家より状況や説明が把握しやすい、2・東電や原子力ムラと、しがらみがない、3・安易に大企業や官僚を信頼するタイプではない、5・負けず嫌いで、ピンチの状況になると強気で戦うタイプ。。。だからだ。^^;

<また細野氏も言っていたように、1週間、ほとんど寝ずに、官邸で震災被害や原発事故の情報収集&対応に当たる体力や精神的なタフさがある人だったことも大きいのではないかと思う。これは、高齢や健康不安のある政治家には難しいことだ。(その場は頑張れても、直後にダウンしてしまうおそれがあるしね。^^;)>

 これらは、ある意味では、菅氏の欠点でもあるし。それゆえに、震災や原発事故の対応に関しても、非難されることも多かったのだが。
<実際、mewも多くの議員や官僚をうまくまとめる形で、放射能汚染や震災の被害者の対応に当たれなかったことは、菅氏の首相としての資質や力が不足していた部分が大きいのではないかと思ったりもしているんだけど。(>_<)>

 ただ、あの原発事故の対応、特に最初の1~2週間の危機的な状況における対応に関しては、それがいい方向に出たのではないかと思っているのだ。(・・)

* * * * *

 それは、もし東電も、政府側の原子力安全委員会、経産省&保安院などが情報の収集や提供、対応の判断がしっかりしているところであったなら、そして信頼できるところであったなら、別に菅氏が首相でなくても構わなかったと思うし。
 逆に言えば、菅前首相も、原発事故の対応にここまでクチを出すこともなかったのではないかと。そして、もっと地震&津波の被災者の対策にエネルギーを注ぐことができたのではないかと思うのだけど・・・。

 何分にも東電は、11日の事故当時に、実質的TOPである勝俣会長は中国に出張中(マスコミとの懇親会)、清水社長は京都に出張中(実は妻との旅行中)で、12日まで東京の本社に戻ることができず。
 福島原発の現場も、東電本社も混乱している上、この2つの間での情報伝達がスムーズに行っていなかった上、官邸に上がって来る情報も不確かなものが多かったとのこと。<伝言ゲーム状態だった。>
 しかも、保安院や原子力安全委員会の幹部の多くは、原発の専門家ではない人や文系の人だったため、事故状況を把握したり、適切な対応をしたりすることができず。さらに、このような事故に対応するためのマニュアルもない状態だった。
 そこで、菅首相は、現場の実際の状況を把握すると共に、いざという時に直接、情報を得たり、指示を届けたりする人を作りたいと考え、自らが福島原発に赴くことを考えるようになったという。
<尚、mewは、菅首相が原発に向かう際に、ヘリで周辺の被災も様子を見ることができたことも、プラスに働いたと考えている。>

 首相が非常時に官邸を空けることに加え、危険性の高い原発の現場に行くことには反対をする人が多かったのだが。<下手すれば、命の危険もあるかも知れないわけだしね。>
 菅首相は、12日の朝に福島原発行きを決行。吉田所長と会い、信頼できる現場の人間の存在を確認し、連絡手段を確保できたことは、大きな収穫だったという。

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 また、15日の全面撤退問題に関しては、別の機会に改めて書きたいと思うのだが・・・。
 現場の吉田所長が撤退する意思はなかったと明言しているので、その意味では、全面撤退する可能性はなかったと言えるのだけど。東電本社は、爆発の危険も想定して、全面撤退or限りなく全面撤退に近い形を検討していた可能性が大きい。

 ただ、あとから「実は、こうだった」という話をすることと、その時の東電本社や官邸の状況がどうだったのか、それぞれがどのように受け止め、判断し語ったのかというのは、また別の問題だと思うし。
 様々な事故調査の機関のヒアリングに対しては、問題の検証をするために、それぞれの人たちが、その時点で、自分がどう考えて、どのように言動をしたかということを語る必要があると思うのだけど。
 その言動に対して、やれ「自己保身だ」「自画自賛だ」「反省がない」と批判するメディアが多いことには、大きな疑問を覚えるところがある。(-"-)

<菅首相は、「全面撤退はあり得ない。命がけでやれ」と。そして、「60になる幹部連中は、現地に行って死んだっていいんだ。俺も行く」と覚悟を語ったらしいのだが、そこら辺もゆがめられて伝えられているような感じが。(*1)>

 ちなみに、東電の会議の様子や、菅首相が東電に乗り込んだ際の映像などが、残っているようで。菅首相&周辺は、真相を解明するために、昨年からこれらの映像を公開するように求めているのだが。東電は、長い間、社員のプライバシーの問題があると言って、これを拒んでいたのである。(~_~;)
 でも、枝野現経産大臣の指示もあり、ようやく、今月にはいって、この映像を公開することに決まったとのこと。(*2)
 ただし、報道向けに公開される映像は、東電側が編集、加工したものになるようなので、「う~ん」と思ってしまうとこがあるのだが。その映像を見れば、もう少し、当時の実態が明らかになるのではないかと思うし。早く公開されることを願っている。(・・)

<イラ菅がやたらに怒鳴りまくっているシーンが、まとめられていたりして?(@@)>

* * * * * 

 mewは、別に菅直人氏が「日本を救った」とまで言う気はないし。もちろん、日本の国民のみんなにそう思えと言う気もないのだけど・・・。

 mew個人は、あの時に、菅氏が首相であってよかったと心から思っているし。客観的に見ても、それ相当に評価されていい部分があるのではないかと考えている。(**)

 もし他の首相だったら、果たして原発で何が起きているのか、どのような対応をとろうとしているのか、説明を理解すること自体、困難だった可能性が大きいと思うし。自ら判断を下すことはできず、東電や保安院、原子力安全委員会の助言をうのみにしたり、彼らにお任せにしたりして、トンデモないことになっていたおそれも大きいと思っているからだ。(~_~;)
 
<こればかりは、実際にどうだったかは、神のみぞ知ることだし。結果論としてアレコレ批判することは簡単なことだけど。mewは、いまだに、自分ならあの時、具体的にこのような適切な対応がとれたと自信を持って語る政治家(特に首相レベル)は、今のところ、ひとりも見たことがないしね。(@@)>

 ただ、残念ながら、菅首相は、その後も<今に至っても尚>、さんざん叩かれ続けていて。事故から半年もたたないうちに、首相の座も追われてしまうことになってしまったわけだけど。

 今回、事故の時に近くにいた細野首相補佐官が、このように菅氏の言動を評価してくれたことは、せめてもの救い&慰めに思える部分があったし。菅氏には、是非、この経験を活かし、今度は「脱原発」実現のために、そのエネルギーを費やして欲しいと願っているmewなのだった。o(^-^)o  

<脱原発を目指すべきだと言う政治家が増えて来て、mew的には嬉しいことだけど。ただ、実際に、これまで本気で脱原発の実現を目指して、色々と勉強したり、具体的な提言や計画をまとめたりしている人は、首相や党幹部レベルの政治家では、今のところ、菅氏ぐらいしかいないので(&何分にも負けず嫌いゆえ?)、その分、期待度が大きいのよね。(・・)>

                   THANKS

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『水素爆発が相次ぎ福島第1原発事故が危機的状況に陥っていた昨年3月15日未明、菅直人首相(当時)が東京電力本店に乗り込んだ際の「60(歳)になる幹部連中は現地に行って死んだっていいんだ。俺も行く」などとの発言を、東電が詳細に記録していたことが15日、分かった。

 菅氏の東電訪問は政府の事故調査・検証委員会の中間報告などでも触れられているが、記録からは、東電が第1原発から全面撤退すると考えた菅氏が、かなり強い口調でできる限りの取り組みと覚悟を迫っていたことがうかがえる。

 記録によると、本店2階の緊急時対策本部に入った首相は、政府・東電の事故対策統合本部の設置を宣言。「このままでは日本国滅亡だ」「プラントを放棄した際は、原子炉や使用済み燃料が崩壊して放射能を発する物質が飛び散る。チェルノブイリの2倍3倍にもなり、どういうことになるのか皆さんもよく知っているはず」と強い危機感を示した。

 さらに「撤退したら東電は百パーセントつぶれる。逃げてみたって逃げ切れないぞ」と迫った。

 東電の事故対応について「目の前のことだけでなく、その先を見据えて当面の手を打て」「無駄になってもいい。金がいくらかかってもいい。必要なら自衛隊でも警察でも動かす」と、改善を求めた。

 15日未明の段階では、2号機も水素爆発の恐れがあった。状況説明に対し、菅氏が「何気圧と聞いたって分からないじゃないか」といら立つ場面もあった。

 菅氏は対策本部に大勢の東電社員がいるのを見て「大事なことは5、6人で決めるものだ。ふざけてるんじゃない。小部屋を用意しろ」と指示、勝俣恒久(かつまた・つねひさ)会長ら東電トップと対応を協議した。

 菅氏が撤退を踏みとどまるよう求めた発言と、対策統合本部の設置について、福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)は「(危機対応として)一定の効果があった」と評価している。

 今月14日の国会の事故調査委員会では、菅氏の東電訪問時の映像(音声なし)が残っていることが明らかになった。


▽菅氏の主な発言

 東京電力が記録していた昨年3月15日未明の菅直人首相(当時)の主な発言は以下の通り。

・被害が甚大だ。このままでは日本国滅亡だ
・撤退などあり得ない。命懸けでやれ
・情報が遅い、不正確、誤っている
・撤退したら東電は百パーセントつぶれる。逃げてみたって逃げ切れないぞ
・60になる幹部連中は現地に行って死んだっていいんだ。俺も行く
・社長、会長も覚悟を決めてやれ
・なんでこんなに大勢いるんだ。大事なことは5、6人で決めるものだ。ふざけてるんじゃない
・原子炉のことを本当に分かっているのは誰だ。何でこんなことになるんだ。本当に分かっているのか

 (共同通信12年3月15日)』

『原発事故直後に福島第一原子力発電所と東京電力の本店などを結んだテレビ会議の映像について、東京電力は来月上旬に報道機関に公開することを明らかにしました。
しかし公開は、去年3月11日から5日分に限られ、個人も特定できないように映像に加工を加えるということで、事故の検証に十分な内容なのか、今後議論を呼びそうです。

テレビ会議の映像を巡っては、東京電力がプライバシーや社内資料を理由に公開を拒んできましたが、枝野経済産業大臣からの事実上の行政指導や社会的な強い要請などを受けて、一転して公開する方針を示していました。
東京電力が、27日に明らかにしたところによりますと、公開されるのは、記録が残っている事故発生当日の去年3月11日午後6時半ごろから、3月16日午前0時ごろまでの映像です。
公開は、来月6日から10日にかけて報道機関に対して行い、東京の本店に閲覧用の視聴室を設けるということです。
閲覧用の映像は編集せず、すべてを見ることができますが、個人が特定できないよう、名前が分かるような映像や音声には加工を加えるということです。
また、閲覧用とは別に、いわゆる全員撤退問題に関わるやりとりが記録された時間帯や、当時の菅総理大臣が、東京の本店を訪れた時間帯など関心の高いものについては、一部を抜き出して加工し、報道機関に映像を提供するということです。
テレビ会議の映像については、当時の事故対応や判断を検証するうえで欠かせない資料ですが、今回のような限定的な公開で検証に十分な内容なのか、今後、議論を呼びそうです。
東京電力は「プライバシーの関係で映像をそのまま提供できない。準備の時間的な制約もあり、公開する期間も限定せざるを得なかった。去年3月15日以降の映像の公開については、まだ決めていない」と話しています。

事故直後のテレビ会議の映像を巡っては、東京電力に対する株主代表訴訟を起こした原告らが「記録が消去されるおそれがある」と主張して、東京地方裁判所に証拠として確保するよう求める申し立てを行っています。
今回、東京電力が報道機関向けにテレビ会議の映像を公開するとしたことについて、原告弁護団の海渡雄一弁護士は「公開されるのは一部の期間にすぎず、少なくとも報道機関には全部を公開すべきだ。形ばかりの『名ばかり公開』では正確な検証はできない」と批判しています。
そのうえで、「裁判では『必要な記録が消去されるおそれがある』と主張し、あくまでも全ての映像を証拠として確保するよう求めるとともに、申し立てが認められた場合には裁判の中で映像の内容をすべて公にしたい」と話しています。(NHK7月27日)』
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by mew-run7 | 2012-07-29 06:00 | 政治・社会一般