野田の解散断行&選挙戦略への恨みを解消しないと、民主再生は困難かも


 これは2月24日、2つめの記事です。

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  民主党は、今日24日に党大会を開き、新綱領を発表した上で、海江田新代表らが今後の党再生への意欲を示すという。
 ただ、mewは、正直なところ、今のような姿勢では、民主党が再生できるか懐疑的に思う部分が大きい。(-"-)

 今回は「衆院選の総括」についてメインで書きたいと思うのだが。政権運営の総括も、新綱領作りも同じことだ。

 民主党は昨年末の衆院選で惨敗した後、海江田新代表&細野幹事長で新体制を築き、政権運営や衆院選の総括を行なうと共に、新綱領を作るために、党内で会合を行なったり、幹部が地方行脚をして各地で集会を行なったりして、党の議員(落選議員を含む)や地方支部の関係者、党員、サポーターなどから意見を聴取していたのだが。
 各地の集会では、党の再生を願う人たちから、かなり厳しいものも含めて率直な意見が色々と出され、報告書の文案にも記されていたのだが。党の幹部たちはそれらをきちんと受け止めて反省をすることなく、党内の各グループに配慮して、最終案ではオブラートに包んだような玉虫色の表現に替えてしまったわけで。
 そのような逃げの姿勢では、本当の意味で、党の再生を行なうことは難しいように思われる。(-"-)
<関連記事・『小沢「民主党が何で解散したのかわからない」+傷口なめ合う民主党の総括』>

* * * * *

 衆院選の総括の報告書に関して言えば、当初の予定では、集会での意見を集約して「野田氏は解散時期を見誤った」「野田氏を前面に出す選挙は間違いだった」と記す予定だったのだが。後者は、削除されることになったという。
 でも、実際には、党内では野田首相の解散&選挙戦略に関して、も~っと辛らつな批判が多数出ているのである。
「野田前首相を除名にしてほしい」「野田氏は議員辞職すべきだ」「野田氏らが党を壊した」「野田氏らは(自民党などの)保守勢力の回しものではないか」などなど・・・。
<以下、役職名は12年11月時点でのものを記す。>

 もちろん民主党が大敗したのは、野田首相ばかりのせいではない。
 民主党は、折角、国民の手で政権の座を与えられたにもかかわらず、挙党一致で政権運営に当たれず、3年余りの間、ずっと実権争いや考え方の違いで党内対立を繰り返して、毎年のように代表や政策を替えていた上に、最後は自公と組んで対立するグループを排除する方針をとって党の分裂を招き、国民の信頼や期待を失うに至ったわけで。
 それは、全ての議員に責任があることだと思うし。おそらくそのことは、どの議員もわかっていることだろう。<わかっていない人は、議員辞職した方がいいかも。>

 ただ、野田首相に対して、ここまで辛らつな批判の声が出るのは、同党の議員や関係者、支持者の多くが、野田陣営の解散の判断&選挙戦略に「納得が行かない」という思いを強く抱いているからにほかならない。(-"-)

 というのも、本来、党の代表たる者は、ひとりでも多くの候補者が当選できるようにと考えて、そのためにベストを尽さんとして選挙戦略などを決めるものなのだが。野田首相は、あの時期に解散した場合、党の情勢も悪化していた上、党自体や各候補者が選挙準備が調っておらず、当選者が半減することを予見しながら、党内の意見を無視して、電撃解散に踏み切ったからだ。(@@)

 しかも、<解散の判断に至ったのにはいくつかの理由があったとは思うが>、野田氏らは、衆院選後にまた自分たちが党の実権をとって、自分たちの考えに沿う党に作り替えやすくするために、自分たちの仲間がひとりでも多く当選するようにと考えて解散を断行し、独自の選挙戦略をとっていたのである。(~_~;)

 その結果、党の議員、候補者は、十分な選挙態勢を調えられず、自分の主張を思うように展開できないような状態で選挙戦を戦うことを強いられ、その大半が落選することになったわけで。
 そのために、多くの議員が「仮に落選したとしても、もっとしっかりと準備をして、ベストを尽す形で戦いたかった」「こんな形で落選しては、悔やんでも悔やみきれない。どうしても納得が行かない」という思いを引きずっており、衆院選後から今に至るまで恨み節が絶えない状況にあるわけで。
 mewは、その思いときちんと向き合って、それらを解消をするように努めない限りは、党の再生は難しいように思うところがある。^^;

<「コノウラミハラサデオクベキカ」(魔太郎風?)みたいな怨念や悔恨の情が渦巻いたままでは、また何かにつけて、批判合戦や党内対立が起きるに違いない。(>_<)>

* * * * *

 ちなみに野田首相は、最終的には昨年11月2日に仲間内で協議して、11月16日に解散を行なうことを決めたそうなのだが。<これは藤村官房長官が、衆院選後のインタビューで明かしている。>
 mewが、昨年末からキープしていた記事の中には、野田氏と仲間たちの協議に関して、このように記していたものがあった。

『「どうせ負ける解散なら、主体的な解散にしたい」と野田が明かしたのは副総理・岡田克也、官房長官・藤村修に加えて民主党幹事長代行・安住淳らごく少数の政治家、それに松下政経塾出身の信頼する民間人に限られた。

 安住は「来年に選挙を先送りすれば、いまボーダーラインにいる30人ほどが落選してしまう。この30人は、民主党でもっとも良質な部分だ」と唱えた。「30人」のほとんどが、国家戦略担当相・前原誠司が率いる凌雲会と、野田グループのメンバーだった。野田も安住の主張を是とした。100議席を確保すれば、05年の郵政選挙とほぼ同じ勢力となり、次につながる。
 野田は「純化路線」へ走り出す。(文芸春秋2013年新年特別号「赤坂太郎」より)』

 これは雑誌の記事の一つに過ぎないし。実際の会話での表現がどうだったかのかはわからないのだが。
 ただ、当時、同じような内容の報道をしていたメディアが多数あったし。野田陣営のその後の言動から見て、mewはこの記事はそれなりに信憑性が高いと思っている。(ーー) 

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 このブログを立ち上げた7年余り前から何度も書いていることだが。

 前原&野田Gの議員を中心に、自民党や日本新党などの保守政党or松下政経塾出身の議員の多くは、日本に保守二大政党制を作ることを目指しており、民主党の結党に参加したり、同党に合流したりした後も、いつか民主党を保守政党に作り変えて、二大政党の一翼とすることを目標に活動し続けて来た。(~_~;)
 
 この辺りのことは、過去に何度も書いているので、今回は詳しい経緯はスル~するとして。
 彼らはもう2000年代前半から、目の上のタンコブになっている鳩菅体制or小沢氏も交えたトロイカ体制を1日も早く崩して、自分たちが党の実権を握った上で、「中道民主」の基本理念を変更し、考えの異なる議員を排除して、純化路線をとることを計画して、アレコレと動いていたのだが。(05年に前原誠司氏が代表になった時に、それを実現しかけたのだけど。永田メール事件で失脚したために、実現に至らず。>
 ようやく11年9月になって、野田佳彦氏が代表&首相の座につく機会を得たことから、「今度こそ」の思いで、党の保守(タカ派)化&純化路線を実践しようと考え、「中道」を削除する新綱領の作成、保守的な安保軍事政策の立案を行なうと共に、自民党と組んで「小沢切り」を敢行した。<衆院選前には「鳩山切り」にも成功したのよね。(-"-)>

 そして、夏ごろまでは、谷垣自民党と協議した上で話し合い解散を行ない、議席数を多く得た方が首相を出す形で、自民党と連立を組むことを考えていたのだが。
<その際に、自民党と連立して保守政党としてやって行きたくない中道左派は出て行けばいいと考えていたようだ。>
 しかし、自民党内の強硬派がその計画に反発を示し、谷垣前総裁が失脚することに。石破茂氏が新総裁になっても、同様の計画を実施し得るはずだったのだが。民主党を敵視している安倍晋三氏が新総裁になったことから、予定が狂うことになってしまった。(~_~;)
<前原&野田Gには、基本的に新保守or穏健な保守派の人が多いので、安倍氏らのように戦前回帰を目指す超保守派とは相容れない部分があり、両者の間には太いパイプがない。^^;>

 それゆえ、野田首相&陣営は、9月以降、解散時期や選挙戦略に関して、かなり迷っていたようだ。(@@)

* * * * *

 野田陣営は、とりあえず9月の代表選で野田氏の再選を確実にするために、非衆流派&中道左派陣営の切り崩しや取り込みを行なうことに。
 最大のライバルになりそうな田中真紀子氏や細野豪志氏の出馬を回避させ(支持に回ってくれた人は、後に閣僚、党三役などに起用)、菅Gなどの脱原発を目指す勢力「原発ゼロ実現」を約束するなどして、代表選で圧勝することに成功した。
 
 またずっと早期解散に反対の立場を貫いている&左派系の輿石幹事長を再任し、党内の反野田勢力を抑えようとした。
 党内では、輿石氏が幹事長再任を引き受ける条件として、野田氏から早期解散はしないとの約束を取り付けたという話が広がっていたことから、党の議員たちの中には、輿石幹事長がOKしない限り、年内解散はないと安心(油断?)してしまった人が少なくないようだ。^^;

<小沢一郎氏がよく「常在戦場」という言葉をクチにしているのだが。特に解散のある衆院議員は、常に選挙に備えていないといけないと、小泉元首相の言うように「政界は一寸先は闇」になっちゃうのよね。(>_<)
 ただ、今回は、その小沢氏も選挙準備が間に合わない部分があったわけで。それだけ、サプライズ的な電撃解散だったのだと言えるかも。(@@)>

* * * * *

 実際、民主党自体、10月~11月初めの時点では、まだ選挙準備が調っていない状況にあった。
 民主党では、7月の小沢Gの離党以来、ちょこまかと離党者が出ており、何十もの小選挙区で、正式に候補者が決まっていないような状態だったし。細野政調会長が中心になって、改めて衆院選の公約や選挙の方針を決めるために協議を行ない始めたところだったのだ。<この時は、細野くんは、安倍自民党と対峙するために「中道」路線を行くべきだと唱えていたのよね。>

 また当時は、自民党の安倍総裁が強気の発言を繰り返しており、維新の会も石原太陽との合流話が出て、メディアや国民の注目や期待を集めている時期だったので、そんな中で、解散総選挙を行なうのは、民主党にとって極めて不利だと考えられていた。
<あと数ヶ月も待てば、自民党では解散に追い込めない安倍総裁への不満が高じたり、「安倍vs.石破」「自公」の対立が激化する可能性もあったし。維新の会でも、「石原太陽vs.橋下維新」「国会議員団vs.地方議員団」「維新vs.みんな」などの対立が激化する可能性が大きかったのにな~。(-_-)>

 しかも、野田首相は、11月にオバマ大統領と会談する際にTPP参加表明を行なうことや、12月に予定されていた北朝鮮との協議で拉致問題を前進させたり、ロシアのプーチン大統領との会談で北方領土の返還交渉にメドをつけたりすることで、政府&民主党への支持をアップさせることも考えていたと言われている。

 それもあって、野田内閣&民主党では、年内解散はないことを前提に、来年度の予算編成や年明けの1月に国会に提出する予定だった補正予算作りの準備も行なっていたし。選挙前に違憲判決が出された衆院選の改革法案を成立させるべきだとして、国会対応などを行なっていたのである。(・・)

* * * * *
 
 そのような状況の中、民主党&国民新党の閣僚(副大臣や政務官を含む)や党の役員は、仕事に追われており、選挙準備など全くできない状態にあったわけで。
 その結果、今回の衆院選で、閣僚や党役員の大半が落選することになり、衆院選後の会見では、恨み節が多くきかれることになった。

下地郵政・防災担当相は、「結果を真摯(しんし)に受け止める」と話す一方で解散の時期に不満を漏らした。「普通は来年度予算案を編成した後に解散する。そうすれば、政権が責任を果たそうとしていると感じられたのでは」と語ったという。(毎日新聞12月18日)』

 城島財務大臣は、『衆院解散時期が「私の想定からすると早かった」と述べ、「民主党と民主党マニフェストを理解してもうらう時間が少なかった。年末から年始にやろうと思っていたが、スケジュール感が甘かった」と振り返った。(ロイター2012年12月18日)

 それこそ、田中文科大臣は、真紀子節による野田首相批判が止まらないような感じになっていたのだが。相変わらず政治評論家として、的確な分析&指摘を行なっていたように思う。

『「解散時期が適切ではなかった。独りよがりで周りの意見を聴かず、他人の土俵に乗ってしまった」と述べ、野田佳彦首相を痛烈に批判した。さらに、今回の解散を「自爆テロ解散」と命名していたことを明かし、「惨敗するだろうと思っていたが、その通りになった」と述べた。』

『「自民党から『辞めなさい』『いつ解散するのか』と、単純な二言をずっと言われて、極めて独りよがりに決断した」と指摘。「今まで民主党が発信してきたことを継続するのだったら、党代表を変えるとか、8月の任期いっぱいまでやって成果を出す方法はあったと思う」と述べた』(産経新聞12月18日)

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 mewは、昨春ぐらいから、早期解散を行なえば、民主党の議員が半減して下野するであろうと思っていたし。<ブログにもずっとそう書いていた。>
 おそらく同党の議員の大部分も、その党が大敗するのではないか&自分が落選するかも知れないと覚悟していたのではないかと思うのだが。

 ただ、ほぼ全ての議員は何とか少しでも挽回して、ひとりでも多くの当選者を出せるようにしたい&自分や関係者が落選しないようにベストを尽したいと願っていたのではないかと思うし。そのために何とか党の立て直しをはかりたいと考え、アレコレ動いていたのだが。
 残念ながら、野田首相&仲間たちは、そうではなかったようなのだ。(~_~;)

* * * * *

 野田首相は、財務省から野田内閣が春まで予算成立まで責任を持つ気がないなら、年内解散をして、自民党政権に予算を委ねるように迫られていたという話もある。。
 また、そうした方が景気が回復し、消費税増税の実施を確実に行なえると説得する官僚や関係者もいたとのことで、かなり気持ちが揺れ始めたという。

<ちなみに、衆院選翌日の17日、首相官邸に野田首相を訪れた来客は、野田氏を財務大臣&首相にさせて、消費税増税の実現に導いた藤井元財務大臣ひとりだけだったとのこと。
『首相は昼過ぎに約20分間、藤井氏と執務室で面会。藤井氏が「どの立派な首相も一内閣一仕事なんだ。吉田茂は(サンフランシスコ)講和条約、鳩山一郎だって日ソ共同宣言しか残してない。君はよくやった」と消費増税法の成立を念頭に慰労すると、首相は笑ってうなずいたという。(毎日新聞12月18日)>

 しかも、野田首相が挽回策として考えていたTPP参加表明やプーチン大統領との会談を、米国やロシア側から断られ、かなりガッカリしていたとのこと。
 おまけに野田氏は、とても実直で生真面目な性格のようで、自民党からさんざん「ウソつき」攻撃を受けて、精神的にも追い詰められていたようだ。

 さらに民主党内では、野田首相が突然TPPの参加表明を行なうのではないか、また電撃解散を行なうのではないかとの警戒感が広まり、それを防ぐために本格的に「野田おろし」をしようという動きが出始めていた。^^;

* * * * *

 もし野田首相が辞任することになれば、野田陣営は民主党の実権を失って、折角、強引に自公民で消費税増税を実現したり、小沢切りや保守化を進めたりして来た意味もなくなってしまうわけで。今後、自分たちの党内の立場もどうなるかわからない。
 そうであるなら、たとえ選挙で負けても、自分たちが主導権を握ったまま解散し、少しでも仲間を多く当選させて、衆院選後にまた保守化&純化路線を進めるための布石を作った方がいい。

 そこで野田陣営は11月16日に電撃解散して、年内に総選挙を行なうことを仲間内で決めて、仲間うちで選挙準備を進めることにした。(・・)

<落選予測をされていた手塚前首相補佐官が、あわてて選挙事務所を立ち上げていたりして。尚、藤村官房長官は、維新の会の選挙準備が調わないうちに解散した方がいいと考えたと説明してたのだが。野田&前原Gの中に、大阪&周辺から出馬する議員が何人かいたので、彼らに配慮したのではないかと察する。>

 野田陣営は、「中道リベラル」路線を前面に出そうとしていた選挙方針や衆院選公約を、自分たちの方針や戦略に沿って作ることに。また中道左派を切るために、TPPなどに関して党の(=野田首相の)方針に従わない者は衆院選で公認できないとして、公認申請書に署名を求めた。<このために鳩山元首相は出馬を断念。何人かの議員は、離党せざるを得なくなった。>
   
 候補者たちの多くは、衆院選間際に公認を外されては困るため、署名を余儀なくされたものの、もともとTPPや消費税、その他様々な政策において野田首相と考えが合わない人は、首相のTV討論会などでの主張とくい違いが生じることになった上、野党や自分の支持者からも疑問や批判を呈され、思うように自分の選挙活動が行なえないことに。

 さらに、野田陣営は、党の他の議員(候補者)たちが選挙準備に追われている&知らない間に、野田首相を前面に出して「動かすのは決断」とアピールする新たなポスターやCMを作成。野田氏が真っ赤な背景の前で(エラそ~に?)、自分の実績や決断をアピールするCMは、無党派層からはもちろん、民主党の支持者にも不快感を与えることになった。<当落選上にいたある議員は、あのCMを見て、落選を覚悟したとか。(~_~;)>

* * * * *

 こうして、いわば党内の議員も欺く形で、電撃解散&12月総選挙を行なった結果、11月初めにはまだ100人以上は当選すると予測されていたのが、57人しか当選できず。
 民主党への風によって当選した1回生議員が落選するのは止むを得ないとしても、長い間、党に貢献して来たベテランも含め、200人近い議員が議員バッジを奪われることになった上、民主党は容易には政権奪還をなし得ないほどに壊滅的打撃を受けることに。(-"-)

 しかも、野田首相が最も信頼していた大側近の藤村官房長官や手塚前首相補佐官、前原Gの大番頭だった仙谷元官房長官などの重鎮も含め、結局、野田&前原Gの半数以上も落選し、皮肉なことに、野田首相は結局、身内も崖から突き落とすような解散総選挙を行なってしまった上、党をほぼ壊滅状態に追い込み、その主導権も失うことになった。

 これで野田氏らも落選していれば、まだ落選議員も気が済んだかも知れないのだが。田中真紀子氏は自爆解散と呼んでいたものの、野田氏や幹部クラスの仲間たちの多くはちゃっかりと当選しており、党や他人を爆破しても、自爆はしていないわけだし。
 その上、野田陣営からは、さほどの反省や謝罪の言葉がないばかりか、岡田副総理が「選挙は最終的には自分の責任だ。首相の決断を理由に負けたというのは議員の取るべき態度でない」と発言したり、党内では野田擁護をする議員も少なからずおり、落選議員の傷口に塩を塗るような言動が次々に見られることから、党の集会などでは、2月には行っても尚、「野田氏を除名した方がいい」「野田氏は議員辞職すべき」などという辛らつな意見が出ているような状況が続いているのである。(-_-)

 それゆえ、mewは、先述したように、こんな状態ではとても党再生に向けて、新たなスタートが切れないのではないかと憂慮しているのだが。
 今、民主党に代わって自民党に対抗し得る100人規模の政党は存在しないわけで。何とかここは同党に頑張ってもらうしかないのが実情だ。^^;
 
 ところが、これはまた別の機会に改めて書きたいのだが。最近になって、前原誠司氏がオモテに出て、党の綱領作りや国会での質問で自分の考えを主張したり、堂々と「参院選では10人も当選できない、維新の会と連携すべきだ」などと発言したりするようになっていることから、「おいおいっ」という感じに。(@@)

 もし海江田新代表や細野幹事長が、それでも何とか党をまとめるために頑張ろうとしても、また前原氏のように(エラそうに?)自分たちサイドで主導権をとろうと言動し始める人が出て来ると、党内対立や党分裂の引き金を引くことになりかねないわけで。このままでは「民主党がアブナイ!」→ひいては「日本がアブナイ!」と叫びたい気持ちになっているmewなのだった。(゚Д゚)
  
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by mew-run7 | 2013-02-24 13:48 | 民主党、民進党に関して