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ウクライナの歴史や地理的な立場を勉強してみる。1919年に独立もソ連に統合、再独立した経緯


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 先週、「何かウクライナのニュースを見ていたら、高校の世界史で習った『キエフ公国』やそれを取り巻く国々の話を思い出した」という話が。「確かに!」(・・)

 「キエフ大公国こそ、ロシアの元祖でしょ」「何かノブゴロドがどうの、オレグがどうのとか、やんなかったっけ?」「大学受験で世界史をとった人は、細かくて面倒くさいけど、とりあえずは押さえなくちゃいけないところだったね~」「キエフってソ連時代も、ちょっと特別扱いだったよね。あとバレエも有名だった。キエフ・バレエ団の公演を見たことがある」などなど、そこから話は尽きなかったのだが・・・。

 何かちゃんとした歴史は忘れちゃったから、一度,見直しておくと、今のウクライナ問題もわかりやすいかもね~ということになった。
 しかも、正直言うと、ソ連からウクライナが独立したころは、もう高校生ではなかったので、1991年以降の歴史はきちんと勉強していない。^^;

 そこで、先週末にネットでいくつかの記事を読んで、ウクライナの歴史をちょこっとお勉強してみたので、19世紀以降の歴史あウクライナの重要性について、わかりやすいと思ったサイトの一部を参考資料としてアップしたい。(・・)

* * * * *

 もともと9世紀からキエフ公国を含むキエフ大公国(ルーシ)という国家の集合体が東ヨーロッパおよび北ヨーロッパに存在。最初の統治者はオレグ王子。(ノブゴロド地域も制圧)

 wikipediaによれば「11世紀後半から12世紀にかけて衰退し始め、様々な地域勢力に分裂した。 さらにコンスタンティノープルの衰退[10]によるビザンツ帝国との商業関係の崩壊、それに伴う領土内の通商路の減少など、経済的要因によっても弱体化した。1240年代にモンゴルの侵攻を受け、ついに国家は崩壊した。」

 話は19世紀に飛ぶ。

* * * * *

 東洋経済オンライン2022.2.25 『ロシアとウクライナがこじれた複雑すぎる経緯
歴史で紐解くウクライナは民族国家なのか』より
 的場 昭弘 : 哲学者、経済学者、神奈川大学副学長

『19世紀の半ばから歴史を始めれば、なるほどウクライナは独立した民族であり、独立した言語をもつ、国家である。しかし、それ以前にさかのぼれば、小ロシアにしかすぎない、いやさらにローマ帝国崩壊後、北方から侵入したルーシ族が創設したキエフ公国までさかのぼればロシア人の起源はウクライナだといえないこともない。

小ロシアとなったウクライナ

しかし、歴史は残酷だ。このキエフ公国はモンゴルに潰され、やがて隣のリトアニア=ポーランド王国に潰されていく。そしてウクライナのロシア人を奪回したのがロシアだ。ヨーロッパに接近することで力をもったロシアが大国になるのは、ピョートル大帝(1682~1725年)からだ。その後ロシアの拡張は進み、ウクライナはロシア本体の辺境である小ロシアになる。それが辺境を意味するウクライナということばとなって現れる。

今の大国ロシアから見れば不思議な話だが、ロシアはつねに西に位置するスウェーデンやポーランドの侵入を恐れてきた。とりわけカトリックの宗教騎士団の侵攻である。ロシアは正教会であり、13世紀のアレクサンドル・ネフスキーの名前はカトリックの侵入を阻止した人物としてロシアの歴史に刻まれている。だからこそ、ロシアにとってスウェーデンとの間に横たわるフィンランドは重要で、この国を親ロにすることが重要であった。フィンランドもスウェーデンを恐れていたからある。

スウェーデンとポーランドの侵攻を抑えるために重要なのが、プロイセンである。18世紀に起きたプロセイン、ロシア、オーストリアによるポーランド分割は、ロシアにとってリトアニア=ポーランド王国の残滓を消すことであった。

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しかし、状況は19世紀に一変する。そのきっかけをつくったのが、ナポレオンである。今のリトアニアのヴィリヌスに入ったナポレオンは、1812年初夏ロシアへと侵攻する。ロシア侵攻は、結局ナポレオンの敗走によって幕を閉じるのだが、ヨーロッパに民族独立の火をつけ、その後進展する国民国家独立運動を引き起こしてしまう。

それがギリシアのオスマントルコからの独立運動である。英仏の支援を受けたギリシアは独立に成功するが、これがポーランド独立運動の高まりを生み出し、若者たちの独立運動を引き起こす(青年ドイツ、青年イタリアなど)。こうした独立運動は、当然ながら絶対王政による支配に対する抵抗運動として、社会主義者や共産主義者も巻き込み、ポーランド独立運動支援を生み出す。そんな中、1853年イギリス・フランスとロシアが戦ったクリミア戦争(~1856年)が起き、ウクライナの民族独立運動が生まれる。この頃生まれたのが、ウクライナ民族は存在し、ウクライナは独立国であるべきだという主張である。

ウクライナ民族主義がロシアのツァー体制に向けられたことで、ソ連共産党となるボリシェヴィキもウクライナ独立を支援するようになる。ソビエトが成立して、レーニンはウクライナを連邦共和国の一員として迎えることで、ウクライナをロシアとは別の民族だと認めることになる。一方、第一次大戦が終わると同時にこの地域に西欧が軍事介入し、赤軍と戦うことになる。一方、レーニンの主張に対して、マルクス主義の革命家・哲学者であるローザ・ルクセンブルク(1871~1919年)は、ウクライナ民族の創設について、民族は恣意的に創られるものではないと批判する。この問題が、ウクライナには重くのしかかることになる。

親米政権の発足が問題の発端に

第二次世界大戦では、ソ連はヒトラーのバルバロッサ作戦(1941年)によるソ連侵入によって、大きな被害を受ける。連合軍の勝利の後、ロシアはウクライナ共和国を拡大し、ポーランド、ハンガリー、ルーマニア、チェコスロバキアと直接接するように国境地域を拡大する。結果的にウクライナにロシア人以外が住むようになる。とはいえ、ウクライナの人口の多くはロシア語を話すロシア人であった。

1991年のソビエト崩壊によって、ソ連の共和国が独立していく。その中にウクライナもあったが、ロシアはこれらの地域がNATO(北大西洋条約機構)に入らないという条件付きで、独立を認めた。

ウクライナは、2014年の「マイダン」のクーデターで、ロシアと対立する資産家ポロシェンコが、大統領ヤヌコヴィッチをロシアに追放し、親米政権を創る。ここからウクライナ問題が起こる。ロシアは東部に軍隊を送り、その結果、ウクライナの中にロシアに近いルガンスク共和国とドネツク共和国が生まれたが、これをウクライナも西側も国として承認していない。一方クリミアは、ロシアに編入された。もちろんこれも承認されてはいないが。

ウクライナにとって不幸なことは、エネルギー資源を含め最も豊かなのが、この東部であることである。だからウクライナはこれらの地域の分離独立を認めることはできない。こうした問題は、何もウクライナだけではない。ボスニア・ヘルツェゴビナの北にあるスルプスカヤ共和国も同じような状態が続き、ユーゴでの紛争を長期化させた。またスペインのカタロニア独立を求める運動を、スペイン政府が認めていないという問題もある。要するに近代国民国家の独立には、認められるものと認められないものがあるということだ。

ここに当然、大国が介入する余地がある。そもそもウクライナはヨーロッパに属するのだが、EUには軍事組織がない。あるのはNATOである。ソ連時代はワルシャワ条約機構があり、それが東欧を束ねていたのだが、今ではNATOが束ねている。しかし、ウクライナがこれに入るとなると、ロシアはNATOに包囲されることになる。

EUは独自の軍事組織を持つということを課題にしていたのだが、実際にはNATOの傘下に入ることになる。これがウクライナ問題をこじらせている最大の原因である。EUに参加すると、結果的にNATOに入ることになり、ロシアと敵対することになるからだ。もちろんEU独自の軍事組織をもてば、ロシアの近隣にアメリカ中心のNATOが軍事組織を持つことはない。しかし、EUの中でそうした軍事組織をアメリカが認めるはずはない。この問題がウクライナ問題を袋小路に導いているといえる。』

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『地理的にも不幸なウクライナ

ウクライナにとって不幸なのは、地理的問題だ。ウクライナは今のロシアにとってEUとの緩衝地帯である。さらに、ウクライナを流れるドニエプル川そしてドネツ川(ドン川)が、ロシアへつながっていることだ。北の海しか持たないロシアの重要な輸送路は、黒海である。黒海に入った船はロシアに向かってこれらの川を上る。これと良く似た不幸な地理的地域がドナウ川流域だ。ドナウ川はルーマニア、ブルガリア、セルビア、ハンガリー、スロバキア、オーストリア、ドイツ(流域を含めるとウクライナも通る)を流れる。これらの国は、一蓮托生であり、勝手な行動を取ると紛争に発展する。

ましてウクライナの東部の天然ガスが、西欧へ流れていく点で、ウクライナは重要な地点である。しかし、一方でロシアとドイツとのノルドストリーム1、2が建設され、さらにはトルコからブルガリア、そしてドイツへと流れる天然ガスのパイプラインができれば、ウクライナは取り残される。それはロシアとドイツの協力による、戦後のヨーロッパ体制の崩壊であり、またEUの崩壊であり、アメリカとフランスにとっても傍観はできない。

だからこそ、この地域はバルカンと並んで重要な地域であり、アメリカの軍事戦略とロシアの軍事戦略が真っ向から対立する地域でもある。巻き込まれているのは、ウクライナだけではない。ルーマニア、ブルガリア、セルビア、ポーランド、バルト3国など周辺諸国も巻き込まれている。NATOとEUの拡大は、これらの地域をロシアとの対立へ誘うことになる。不幸な話である。

ウクライナは歴史に翻弄されてきた地域である。オスマントルコの時代には黒海沿岸部はオスマントルコの支配を受け、ロシアの南下によってロシアの支配を受け、つねにいずれかの強国の支配を受けざるをえなかった地域である。それはバルカンに極めて似ている。今ウクライナに似ているのは、バルカンのセルビアだ。セルビアは、EUとロシアの狭間に立っている。セルビア大統領ヴチッチは、アメリカとロシアの2つの大国を天秤にかけながら外交しているが、場合によってはセルビアの大統領だったスロボダン・ミロシェヴィッチ(1941~2006年)のように大国によって失脚させられるかもしれない。』

 後半部分を読むと、今のEUの姿勢、ドイツの中途半端な立場、トルコが何とか仲介しようとしている理由なども見えて来るとこがある。(・・)

 いずれにせよ、1日も早く戦闘行為が止まることを切に願っているmewなのである。(-人-)

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by mew-run7 | 2022-03-22 04:23 | 政治・社会一般

「平和で平穏で楽しい生活が一番!」アンチ超保守&安倍・菅・維新の立場から、左右ではなく、mew基準の視点で、政治や競馬、スポーツなどについて書く。写真は溺愛馬トロットスター


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