9月8日、当ブログを始めて、丸17周年を迎えました。(・o・)
最初から読んで下さっている方はもちろん、途中から読んで下さっている方々、コメントを下さる方々、ポチして下さる方々、リンクや記事紹介して下さる方々、本当に有難うございます。m(__)m
正直言うと、ここ10年位は健康状態があまりよくなくて、病院のベッドから発信している時もあったりしましたし。重大な基礎疾患持ちゆえ、この2年半はコロナにビクビクの日々ですし。あちこちに不具合が出て来て。よくぞ、何とかここまで生き延びて、ブログを書き続けているな~と、我ながら感心しちゃったりもする今日この頃・・・。(・・)
それでもブログを続けて来られたのは、読んで下さる方々、励まして下さる方々がいるからにほかならず。皆様には、本当に感謝の言葉しかありません。(^^♪thanks a lot
今後については、色々と検討中なのですが。とりあえず、(たぶん)しばらくは、ほぼ毎日、記事を投稿する予定ですので。よろしくお願いいたします。m(__)m
まだ、憲法改正や軍事拡大に警戒する必要があるし。新自由主義を打破して、節度ある自由主義に戻さないといけないし。立憲民主党にまともな野党第一党になってもらわないとマズイし。社会問題でも、気になることがたくさんあるので。^^;
ただ、できれば今後は(今度こそ?)、もう少しマイペースで、率直に書きたいこと、伝えたいことを記事にして行きたいな~と思っているので。自己満足用のツマラナイ内容の記事が増えるかも知れないし。コピペものや長短様々、拙文、誤字脱字などなどが増えるかも知れないですけれど。大きな心で受け止めてやって下さいませ。"^_^"
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ところで、実は7月の参院選が終わったら、アップしたいと思っていた記事があったのだ。
それは、「国民の力で、安倍を失脚させたい!」というものだった。(・・)
ちょうどその頃、イギリスでジョンソン首相が諸問題で批判され、国民、与野党議員、メディアの力で辞任に追い込まれそうになっていたのを見て、「いいな~」と。
そして、「何で日本は安倍首相をこういう風に失脚させられたなかったんだろう」と悔しささえ覚えていたのである。(ノ_-。)
コロナで行動宣言を出していた間、隠れて公邸でパーティーを開いていたことや性的問題があったのを知りながら(知らないふりをして)知人議員を幹部に登用したりとかしてたのかバレて、野党や一部メディアから強い攻撃が続いていた上、国民の支持率も急落。
イギリスは日本と同じ議院内閣制ゆえ、基本的には与党政党は政府と一体となって政治を行なうし、何かあれば守るはずなんだけど。今回のことでは、何と与党の議員も批判し始めた上、ジョンソン内閣の閣僚までもが抗議のため次々と辞任を表明しちゃって。もうここまで来るとアウトで、ジョンソンは辞任を発表せざるを得なくなったのである。(・・)
<与党の閣僚も議員も、ここで「ダメなものはダメ」と国民目線で抗議しておかないと、次の選挙で当選するのが難しくなるかも知れないのでね。日本よりは少しまっとうな民主主義の国だから。^^;>
まあ、本当は安倍氏が首相の座にあった頃に、国民の力でしっかりと諸問題を追及して、失脚させることができれば一番よかったんだけどね~。(・・)
思えば、安倍氏は06~7年に首相になった時には、やけに張り切って「美しい町づくり」などの強引な国会運営を行なってみたものの、消えた年金、閣僚失言問題に対応できず、参院選で当時の小沢民主党に惨敗。米国とのインド洋の艦船派遣の約束が守れず、辞任に追い込まれたのだが。<体調も悪かっただろうけど、やめざるを得ない状況でもあった。>
しかし、12年末に再び首相の座を奪還した時には、自分なりに戦略も練って来たようだし、周辺のサポートも厚くして、上からの政府運営&長期政権を狙って行った。
TPP,特別秘密保護法、集団的自衛権と国民の反対が大きかった政策も強行。モリカケ桜の疑惑も、あらゆる手段を使って疑惑隠しを行い(財務省に書類を捏造までさせながら)、自らまともに説明せず、責任をとって辞任しようとはせず。
ついでに、党に総裁任期を延長させて(プーチン、習近平のやり口)、何と通算8年8ヶ月もの憲政史上最長の長期政権を築かせてしまったのである。(ーー゛)
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もちろん、こうなってしまったのは、つまるところは、国民が悪いのだ。(-"-)
国民が、もっと安倍政権の政策や問題のある動きを批判して、内閣支持率を低下させたり、衆参院選はもちろん、様々な地方選でも安倍自民党の候補の落選が増えれば、安倍首相は思うように動けず。失脚をする可能性もあったはずなのだ。
ただ、本来なら、野党やメディアが、しっかり政府与党を監視して、国民に「こんな不正、不適切なこと、言動があった」「あのやり方ははおかしい」とわかりやすく説明して、様々な問題に気づいてもらったり、考えてもらったりしなければいけないのだけど。<それがメディアの最も重要な役割であって。それゆえに、「表現の自由」に基づく憲法上の権利として、報道の自由、取材の自由まで認められているのに。(・・)>
何故か12年からの安倍ー菅政権では、それが機能しなかったのだ。(-_-;)
個々の政策では「反対」を掲げる国民が多いのだが。総論はOKなのか、内閣支持率はなかなか大きく下がらなかったし。内閣支持率が下がっても、自民党の支持率は安定していたりと、全体的に大きく崩れることはなく、すべての国政選挙で圧勝を続けた。
しかも、安倍ー麻生陣営は09年に民主党に政権奪取をされたのがかなり悔しかったようで、何とか民主党(その後の民進党、立民党など)を潰そうと画策。維新を野党系保守勢力に育てるアシストをすると共に、民主党叩きに励み、ネットなどのメディアも通じて、「民主党はだめ」「政権は任せられない」というダメダメ・イメージの刷り込みに成功したのである。(>_<)
<多くの人、とりわけ若い子や女性は「民主党ってダメなんでしょ」という。「何でダメだと思うの?」「だって反対ばかりしてるって」「いや、法案の80%以上に賛成しているし。自分たちも何十も法案出しているんだけど」「え?ちゃんと活動しているの?」というような会話を何度もしたことがある。(・・)>
安倍氏らの改憲派としては、本来なら20年に東京五輪を成功させ(その頃には景気も浮揚させ)、日本人の愛国心や士気を高め、何とか自分が任期中、1~2年のうちに憲法改正の発議、国民投票を実現しようと計画していたのだが。
20年初春からコロナ禍が始まり、東京五輪は延期されることになった上、景気はどんどん後退し、計画はすっかり狂うことになった。<10年8月に辞めたのは体調もあるけど、上の計画が崩れたこともあるかも。(~_~;)>
しかし、安倍氏は、今度は外から改憲、教育再生、安保軍事強化などの実現を目指して、あちこちで発言をして行こうと誓った様子。党内最大派閥である安倍派の会長ろして、数の力で岸田政権に圧力をかけようともしていた。
特に今年2月にロシアのウクライナ侵攻が起きてからは、ここぞとばかりに「専守防衛見直し」「軍事増額、軍事強化」、さらには「核兵器の共有」まで提唱し出して、おそらくはハト派の岸田首相も、どこまで安倍仲間の意見を取り入れるか困っていたことだろう。^^;
それを見て、イラついていたmewは何とか今の状況で、安倍氏を政治家として失脚させて、その影響力を削ぐことはできないかと考えていたのである。(・・)
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ところが7月8日、安倍氏との別れが突然、訪れることになった。<実は、アンチ安倍派にも、安倍ロスが多いらしい。(ノ_-。)>
mewは、いくら安倍氏と考えが合わなくても、彼に死んで欲しいなどと思ったことは一度もないし。むしろ、こんな形で政界を去って欲しくはなかったと思う部分がある。
あくまでも、国民の力で、安倍氏を政治家として失脚させることが目標だったのだから。それが、もはや実現できないのが、残念でならない。(-_-;)
ただ、政界には、まだ数多くの安倍シンパ、戦前志向の超保守思想の持主がいる。<財界や文化人の世界などにもいる。>
安倍氏を神輿にかついで、何とか改憲等を実現しようとしていた勢力は、カリスマ的な存在を失い、チョット意気消沈しているようなのだが。
自民党の議員の中には、今でも安倍氏の幻にしがみついている人が多いし。おそらく国葬が終わったら、「安倍元首相のご遺志の実現を!」と、改めてアベ的な改憲や軍事強化の運動を頑張ろうと計画していることだろう。(>_<)
そこで、次のmewの目標は、l国民の力でこの安倍シンパたちの力を奪って行き、「脱アベ社会」を作ることだ。(++)
<この辺りのことは、8月15日に『「安倍レジームからの脱却」を提唱。終戦記念日に平和を祈る』にも書いたのだが。また、追々・・・。>
いい加減、安倍氏が唱えていた明治~戦前の富国強兵を理想とする古い超保守主義はもう終わりにすべきだと思うし。<保守派でも、戦後体制、戦後憲法の基本精神(特に主権在民、個や人権の尊重、平和主義)を当然の前提にした近現代的な保守思想を持ってもらわないと。mewは中道がいいけど。>
そして、あくまでも国民が主体となる形で、平和で健全な民主主義の国を作って行けるといいな~と願っているmewwなのだった。(@_@。
THANKS