お歳暮の季節になると、「美ノ国」(うつくしのくに)なるハムのTVCMをよく目にするようになる。(・・)
あれって2006年10月に発売を始めたんですよね~。^^;
そう。安倍晋三氏が06年9月、「美しい国」をスローガンにして党総裁選に当選し、1回めの首相就任を果たした翌月のことだ。(-"-)
当時、このブログにも書いたと思うのだが。東京の駅構内の通路の側面に、(女優AYのアップと共に)「美ノ国」という文字が大きく記されたポスターが何十枚もずら~っと並んでいる光景を見て、ぞ~っとしてしまった記憶がある。(@@)
それは安倍政策支援の目的だったのか、それとも安倍政策便乗を意図したのか、双方なのかわからないが。何だか薄気味悪いものを感じたものだ。_(。。)_
安倍氏は、第一次政権でこの「美しい国」という言葉を多用していたのだが。07年7月の参院選前から戦況が悪化。当時、首相補佐官(広報担当)を務めていた世耕弘成氏から「『美しい国』という言葉への反発が強いのfで、使わないで欲しい」と言われ、やむなくこの言葉を封印することにした。(-_-;)
12年12月に首相に復帰した際には「新しい国へ」というスローガンに変えたのだが。安倍氏個人のHPのトップには、最後まで「美しい国、日本の文字が大きく掲げられていた。_(__)_
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実は、この「美しい国」という言葉を、旧統一教会の初代会長が使っていたという。
2004年12月には当時の統一教会(現・世界平和統一家庭連合)の関係者が、日本統一教会初代会長の久保木修己の遺稿集『美しい国 日本の使命』を世界日報社から出版したのだが。久保木氏は、1998年に亡くなっているので、それ以前に「美しい国」を提唱していたことになるのだ。(~_~;)
<尚、安倍の祖父の岸信介や父の安倍晋太郎は久保木と交遊があった事が指摘されている。(wikipediaより)>
その後、この久保木氏の「美しい国」を受けたのかどうかは不明だが、2003年7月に国交省が「美しい国づくり政策大綱」を発表。<当時、安倍氏は内閣官房副長官。>
05年3月には、清和会(現安倍派)の先輩に町村信孝氏が『保守の論理―「凛として美しい日本」をつくる』を出版。
そして、06年7月になって、小泉首相が退任後の総裁選出馬を決意していた安倍氏が、「美しい国づくり政策大綱」の構想を受け継いだ『美しい国へ』を文藝春秋から出版。その後、「美しい国」を国政運営の目標として掲げたというのである。^^;
安倍自民党が政権奪還を果たした12年末の衆院選で、「日本を取り戻す」というスローガンを掲げていたのだが。その言葉も、旧統一教会が使っていたものだという。(-_-)
『「美しい国」「日本を取り戻す」…旧統一教会と自民党スローガンの類似点にSNSで批判相次ぐ
旧統一教会(世界平和統一家庭連合)創始者の文鮮明氏が、1956年から2009年に信者に向けて説教した発言録が、毎日新聞の報道で明らかになった。
「自民党の安倍派などを中心にして、超党派的にそうした議員たちを結成して、数を徐々に増やしていかないといけない」(1989年)、「岸首相の時から日本の政界に手を出した」(2004年)などと、岸元首相時代から安倍元首相時代まで3代に渡る旧統一教会との関係の証拠とも取れる内容が含まれている、衝撃の内容だ。
同時にネットでは、改めて安倍元首相の過去の書籍やスローガンが再注目されている。たとえば、「美しい国 日本の使命ー久保木修己遺稿集」(世界日報社=2004年)の発売から2年後に安倍氏の著書「美しい国へ」 (文春新書=2006年)が刊行されている。久保木氏とは、旧統一教会の日本の初代会長である。
また、世界平和連合の機関誌「世界思想」の12年5月号で、特集「戦後憲法の終焉 今こそ日本を取り戻そう」が組まれているが、同年12月の衆議院議員総選挙時に当時の安倍総裁が自民党のスローガンに「日本を、取り戻す。」を掲げた。その結果、自民党は政権を取り戻している。
こうした安倍氏と旧統一教会の繋がりを感じさせる"答え合わせ"が広がるにつれて、《「美しい国、日本」「日本を取り戻す」安倍自民党の選挙スローガンでした。このスローガンから、今の日本想像できましたか? 統一教会向へのスローガンだったのではと思ってしまいます。》《ほんと、なにが美しい国だよ。今思うとすごく気持ち悪い。日本を取り戻す、って自分たちの都合のいいニッポンだわな。》などと批判が相次いでいる。(日刊ゲンダイ22年11月10日)』
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また、これは、8日の『文鮮明、安倍派重視の発言を遺す。議員秘書、地方議員増加も目指す』という記事に関連するのだが・・・。
旧統一教会の創始者である文鮮明氏の発言録から、安倍氏が06年に首相に就任した際に、文氏が安倍氏の秘書室長と面会するよう信者に指示していたことがわかったという。
『文鮮明氏、安倍元首相就任直後「秘書室長と面会を」 発言録で判明
安倍晋三元首相が2006年に第1次政権の首相に就任した1週間後、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)創始者の文鮮明(ムン・ソンミョン)氏(12年に死去)が安倍氏の「秘書室長」と面会するよう信者に指示していたことが、文氏の発言録で判明した。首相の座に就いた安倍氏に教祖主導で接近を試みる教団の姿が浮かんだ。【田中裕之、金森崇之、ソウル坂口裕彦、渋江千春】
「秘書室長」は「ナカガワ」
発言録は、文氏が1956~2009年に韓国内で信者に説教した言葉を韓国語で収録した「文鮮明先生マルスム御言(みこと)選集」。各巻約300~400ページで全615巻あるが、絶版で入手は困難。毎日新聞は、日本の教団広報部が「(全巻を)不法転載している」とするウェブサイトで当該発言を翻訳・確認した。
541巻273ページの記述によると、安倍氏が首相に就任した1週間後の06年10月3日、文氏は「安倍が首相になったと聞いている」と語った。安倍氏の前任として5年半近く在職した小泉純一郎元首相にも言及しており、日本の政権を強く意識していたことをうかがわせる。
文氏はこの発言に続き、有力信者を名指しして「その(安倍氏の)秘書室長の名前は何だ」と尋ねた。信者…(以下、有料記事 毎日新聞22年11月7日)』
『旧統一教会創始者・文鮮明氏:「安倍が総理になったと聞いています」
時は2006年、第一次政権の総理大臣に就任した1週間後。旧統一教会の創始者・文氏の発言です。
安倍元総理の秘書室長に会うよう信者に発言していたことが明らかになりました。
旧統一教会創始者・文鮮明氏:「あなたが2度会ったのですか。3回、もう一度会わなければいけません」(ANN22年11月7日)』
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先日の記事にも書いたように、文鮮明氏は、こんな発言もしている。
「旧統一教会創始者・文鮮明氏(1989年):「日本の国会議員との関係強化です。そうして国会内に教会を作るんです」
2つ目は、その手法です。
旧統一教会創始者・文鮮明氏(1989年):「国会議員の秘書を輩出するんです」
3つ目に具体的な名前が挙げられます。
旧統一教会創始者・文鮮明氏:「国会内に組織体制を形成することです。それで自民党の安倍派などを中心にして数を徐々に増やしていかなければいけません。分かりましたか?」(同上)』
ちなみに、自民党では87年に竹下登氏や小沢一郎氏が田中派を離脱して、経世会を創設。竹下氏は宮澤喜一氏、安倍晋太郎氏と次期首相の座を争っていたのだが、いわゆる「中曽根裁定」により、竹下氏が首相の座につき、経世会が党内で大きな勢力を築こうとしていた。
安倍祖父の岸元首相の時代から関係があった旧統一教会&文鮮明氏としては、何とか安倍派の勢力を強めて、安倍晋太郎氏を首相にと考えていたのだろうし。岸氏の孫の安倍晋三氏が首相になったと知って、教団としt支援して行く方針を示したかったのだろう。
というわけで、時が立てば立つほど(と言っても、まだ亡くなって4ヶ月しか立っていないのだが)、岸・安倍家や安倍晋三氏と旧統一教会の関係が、どんどん浮彫になって行くことに、少しボー然とさせられているmewなのだった。(・o・)
THANKS