【テニス男子・・・アデレード大会の準々決勝で、36位の西岡良仁が120位のポピリン(豪)に2-1で勝利、ベスト4に進出した。次戦は昨年TOP10のシネルを下した33位コルダとの対戦になる。それに勝てば、ジョコかメドベの勝者と決勝だ。ガンバ!o(^-^)o
野球WBC・・・昨日、WBCメンバーの一部が発表された。大谷、ダル、鈴木のメジャー3人に村上、佐々木(朗)、山本(由)ほか国内組も超豪華メンバーで「これぞ、まさにオールスター!」って感じ。W杯で盛り上がったサッカーに負けないように、WBCで日本&野球界を盛り上げて欲しい。"^_^"<☆からも、今永はもちろんだけど、牧も初期メンバーにはいった~。(・・)>】
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今年元旦に、タモリが「徹子の部屋」で「今年は、『新しい戦前』になるかも」と語ったという記事を書いたのだが。
これを受けて、ラサール石井が、「ずっと『永遠の戦後』を続けなければ、と書いていたという。(・・)
『タモリさんが「新しい戦前」に込めた今の時代の空気感 ずっと「永遠の戦後」を続けなければ…(ラサール石井)
「新しい戦前」とは、今生きている日本人がほぼ誰も経験していない「戦前」がもうやって来ている、という意味であり、「このままでは同じ道をたどることになる」という警鐘であることは間違いない。
政府は「敵基地攻撃能力」を「反撃能力」と小ざかしく言い換えてはいるが、相手が拳を振り上げたら殴っていい、あるいは拳銃で撃ってもいい、という話で、どこが反撃なのか。相手からすれば先制攻撃ではないのか。だいたいどの程度拳を振り上げたらこちらから攻撃してもいいのか、基準はあるのか。ならば防衛費を2倍に増強したら、他国から「拳を振り上げた」とは思われないのか。
各国が軍備を増強して一番得するのは誰か。武器商人である。彼らの中には「戦争が起きて武器が売れるのではない。武器を売るために戦争を起こすのだ」と言う者までいる。
抑止力としての軍事力とよく言うが、お互い軍備を増強してパワーゲームを繰り返せば、偶発の戦争の可能性も上がり、むしろ戦争に近づくと思うのは素人考えなのか。いや違うだろう。過去にたくさん実例があるのだから。
過日自民党の防衛問題に詳しい議員さんと話す機会があった。昨今自衛隊員が不足しているらしく募集に力を入れ待遇を改善しているそうだ。そのような話は他からも聞く。徴兵制へのキャンペーンが始まったような気がしてならない。
戦争を国対国や大きな数で考えてはならない。あなたの兄弟が死に、息子が人を殺すのだ。そんなのは真っ平だ。戦争なんか真っ平だ。今年や来年を「新しい戦前」にしてはならない。ずっと「永遠の戦後」を続けなければ。(日刊ゲンダイ 22年1月6日)』
mewも何とか、戦後70余年、祖父母、父母が「2度と戦争の惨禍を繰り返さないように」との思いで守って来た平和主義(+専守防衛)の思いを次世代につなげて行きたいと思う。(**)
また、作家の下重八重子が「気がついた時は遅し」という文章(いわば警告文?)も見つけた。先輩からの大事な忠告を、是非、ここで伝えたいと思う。
『作家・下重暁子「気がついた時は遅し」安保三文書への憂い
人間としてのあり方や生き方を問いかけてきた作家・下重暁子さんの連載「ときめきは前ぶれもなく」。今回は、政府が閣議決定した「安保三文書」について。
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なんとも、もやもやしている。このもやもやを引きずったまま、新しい年を迎えるのがやりきれない。
例の安全保障関連三文書である。日本が軍拡の世界的流れに乗るのか、違う方向はないのか。国会での論戦もなく、閣議決定してしまう。何のために私たち国民の代表たる国会議員がいるのか。国民はもっと怒らねばならない。
敵基地攻撃能力を持つことが抑止力になるという、一見もっともらしい理屈に疑問を持たないではいられない。そのあたりがあいまいなまま次の段階に踏み込んでいく恐ろしさ! 私は太平洋戦争を知っているから、国民は何も知らず納得しないまま、気がついたら空襲警報のただ中にいたことを忘れない。いつだってそうなのだ。気がついた時には戦争にすでに入っている。
なぜその前に国民に知らせ、議論する過程が明らかにされないのか。閣議決定とは何と為政者に都合のいいものか。しかも今回は、首相自身の考えがどこにあるのかはっきりしないうちに、うやむやに進んでしまう。
果たして首相としての肝の据わった判断があるのか。世情の流れを見て、都合のいい方に乗っている気がする。だからこそふわふわとして国民は落ち着かないのだ。気のせいか首相の言葉にも重みや決意が感じられず、どことなく頼りない。
日本は何かを決定する過程が常にはっきりしない。うやむやのうちに事は進行している。気がついた時はすでに遅しである。岸田首相は事の決定が遅いといわれるが、日本の将来の運命を決める大事には、時間をかけて、納得できる論議と説明が欲しい。でなければ、再び前の戦争の二の舞いになる。二度とごめんだ。
二〇二二年を表す文字は戦だという。ウクライナをはじめとする紛争がその理由だろうが、実は来たるべき戦を示唆しているといってもいい。
気がついたら戦争に巻きこまれているということのないよう、教育費や復興予算などにあてるべき税金が知らぬ間に防衛費に使われないよう、見張らねばならない。
マスコミの役割は大きい。財源もうやむやなまま、経済界を巻きこんだ経済効率から戦争を考えるなどとんでもない。
もっとも冷静であるべきマスコミが、まっ先に国のお先棒をかついで、自己防衛に走るのはいかがなものか。
かつてそれに似たことが太平洋戦争の始まりにもあった。もう一歩、人と人との話し合いや日頃からの信頼があれば避けられたこともあったのではないか。
ここは、日本の舵取りが試される時だ!
サッカーワールドカップ決勝戦の結果を決めたのは、アルゼンチンの監督の采配だった。
優勝を決定したPK戦で全員が決めたのは、長い試合を見越して疲れのない選手を残しておいたから。フランスはすでに疲れ切っていた。
長い目で何が勝利に値するか。人と人が積み上げた実績が最後に物を言うのではなかろうか。
下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。この連載に加筆した『死は最後で最大のときめき』(朝日新書)が発売中 ※週刊朝日 2023年1月6-13日合併号』
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う~ん。最後の部分の、WCでのフランスの敗因に関しては、「う~ん」と思う部分もあるのだけど。
ただ、「経済界を巻きこんだ経済効率から戦争を考えるなどとんでもない」のは確か。機会があったら改めて書きたいが、今回の防衛額増額や日本での武器の開発、製造などの方針は、防衛産業や商社に大きな利益をもたらすことから、経済界が以前から望んでいたものだ。(-"-)
また「もっとも冷静であるべきマスコミが、まっ先に国のお先棒をかついで、自己防衛に走る」のも何だかな~と思う。原発などの諸問題もそうなのだが。彼らは政府やスポンサー企業を敵に回したくないため、問題点をきちんと伝えることができないのである。_(。。)_
でも、何より大事なのは、国民の姿勢だろう。(++)
昭和時代の戦前は、今のようにテレビもネットもなく、一般国民はほとんど国内外の政治状況に関する情報を得ることができない状況にあった。<地域によっては、ラジオや新聞もほとんど普及していなかった。>
それゆえ、まさに「気がついた時は遅し」という人は多かったと思うし。下手すると、終戦まで虚偽の情報を信じ、日本の惨状や政府の横暴さに気づいていなかった人もいたかも知れない。(-"-)
でも、今は、その気になれば、TVでも新聞でもネットでも、いくらでも情報を得ることが可能なのである。<歪んだ情報だけに接しているとアブナイけど。色々な角度からの情報をチェックすることは可能だ。>
そして、改めて、今年を含めこれからの数年が「新しい戦前」にならないように、「気がついた時は遅し」にしないように、「永遠の戦後」を維持できるようにしたいと強く願うmewなのである。(**)
THANKS