新型コロナウィルスの感染症法上の位置づけが、5月8日から「2類」から「5類」に引き下げられることが正式に決まったという。(・・)
個人的には、コロナ用に新たな分類を作った方がいいと思っているのだが。<まだ、どんな変異株が出現するかもわからないし。>
幸いに第8波の感染者数は下向きになっている感じなので、とりあえず早く凪の状態にはいって、少しでも経済・社会・学校生活がコロナ前に戻せるといいな~とは願っている。<基礎疾患ありのため3年間、一切、外食や娯楽目的の外出などをしていないので、ストレスがいっぱい。(++)>
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ただ、今のうちに書いておきたいことがある。それは、コロナ禍が長く続いた影響もあるのかも知れないが、この3年の間に、日本の国、自治体、国民が、どんどん不寛容に、功利的になっているのではないかということだ。(-"-)
昨年からは全国に広まったオミクロン株は、感染力が強いものの、重症化率、死亡率が低いと言われておたのだが。感染者が激増した分、第7波、第8波と死亡者数は過去最大を記録している。
それこそ、今年にはいってから、1月だけで既に死者が1万人を超えているとのこと。季節性インフルエンザと比べても、はるかに多数の人が命を落としているのである。(-_-;)
ただし、死者のうち9割以上は70歳以上の高齢者が占めているのが実情で。60代以下の人は、感染しても無症状か軽症で済む人が多い。
それゆえ、コロナ禍が続いたストレスもあるのかも知れないが、若い人たちから「コロナはただの風邪。感染してもたいしたことはない」「死ぬのは高齢者だけ」「何故、高齢者のために経済、社会を回せないのかわからない」というような声が、メディアネットからきかれるようになっている。
何となく高齢者は別個に考えるべき、切り捨てても仕方ないという雰囲気が、世間にも国や自治体にも広がり始めているように感じて。「日本は、こんな国になっちゃったのか~」と嘆いている今日この頃だ。_(。。)_
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少し前、「高齢者施設の中に、姥捨て山みたいになっているところがある」「トリアージで(救済困難の)黒タグをつけられているように感じた」という話をきいて、ギョッとさせられると共に、心が強く痛んだ。(ノ_-。)<あくまで伝聞情報ということで。>
高齢者施設はクラスターが起きやすい。入居者だけでなく、接触しながらケアをする職員も感染しやすいため、人手が足りず。日頃の食事や排泄等のケアが十分に行なえず、悲惨な状態になっているところもあるとのこと。
また、医療体制が逼迫しているため、提携している医療機関の医師や看護師の訪問も平時のようには受けられず。寝たきりや身体が不自由な人もいるため、発熱外来に行くのも困難で、高熱その他の症状があっても、診療どころかPCR検査を受けることさえ困難な人が少なくないときく。(ーー)
重篤化しても、近隣の病院は入院を受け付ける余裕がない。<特に高齢者は治療以外に介護の手間がかかるし。コロナ病棟では基礎疾患の専門医も不足しているので、拒否されやすいときく。>
コロナ以外病状も含め、救急車を呼んでも受け入れ先がほとんど見つからず。<救急隊員が大変そうなので、救急車を呼ぶのも悪くなって、控えるようになったところもあったとか。>
そんな中、どんどん施設内で亡くなる人が増えることに。コロナ禍にはいって、一時帰宅や家族の施設内での面会が禁止or制限されているため、お見舞いも最期のお別れもできず。中には、もう諦めて放置状態も家族もいたりして。そして、遺体は特別な袋に収納され、触れることさえできないまま荼毘に付されるのである。<尚、遺体の対応については今月、ようやく変更された。>(-"-)
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これらの話をきいて、ふと昨年のカンヌ映画祭で、カメラドール特別表彰」を受賞した早川千絵監督の「PLAN75」という作品のことを思い出した。https://happinet-phantom.com/plan75/
本当は、本編を見てからここに書きたかったのだが。(申し訳ないことに、まだ見ていない)・・・この映画は、日本で75歳以上の人に自らの生死を選択できる権利を与える制度「プラン75」が施行され、国の支援による安楽死を選択するか否かを迷う高齢者や周辺の人々のことを描いたものだ。(-_-;)
経済的合理性を優先し、人の痛みへの想像力を欠く不寛容な社会・・・。早川監督は「ここ数年の間に“自己責任”という言葉を多く耳にするようになり、社会的に立場の弱い人への風当たりが強くなっていることへの憤りが本作の発想のきっかけになった」という。(・・)
この映画の情報や監督にインタビューなどを読んで、「こういう国にならないで欲しいな~」と周辺と話していたのだが。コロナ禍の対応を見ると、何だかだんだん映画の世界に近づいているような気がして。もっと問題提起する必要があるのではないかと思うようになっていた。(・・)
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ただ、mewと同じような懸念を抱く人はいるようだ。(**)
『森本毅郎氏、高齢者のコロナ対策に言及「自己防衛の時期」 5類移行は令和の姥捨山作戦?
ニュースキャスターの森本毅郎氏(83)が19日、自身が司会を務めるTBSラジオ「森本毅郎 スタンバイ!」(月~金曜午前6時30分~同8時30分)に出演。政府が新型コロナウイルス感染症の法的分類について、今春にも現在の「2類相当」から「5類相当」へ引き下げる方針を固めていることについて持論を展開した。
森本氏は、今春からマスク着用の必要性がなくなるなど、「5類」への移行によって人々の暮らしに根付いた感染症防止のための習慣や考え方が大きく変化することについて言及。
「ちょっとひがんだもののいい方をしますと、高齢者が抱えている病気がコロナによって悪化するということが今起こっていて、死者数も連日300人、400人となっている。『これは仕方がないことだ』ということに考え方が変わるということになるんです。『高齢者が亡くなるのは自然の流れ』『止めようもない』『日常ととらえてくれ』。(5類移行は)ひがんで言っていますが、こういうことになる」と、政府の感染症法上の分類見直しに、懐疑的な見解を示した。(つづく)
続けて「では、(私たち高齢者は)どうすればいいか。周りは何もしてくれないと自分で覚悟を決めるべきです。そして自己防衛の時期に入った。マスクする、マスクしないも自己判断。自分の身は自分で守るしかないという時代に入った。これを心に決めておきましょう」と、リスナーに向けて語った。(略・つづく)
同番組のツイッターでのアンケートでは、5類移行・マスク不要が「いいと思う」が31%、「良くない」は69%。リスナーからの意見では「若者は無症状とか軽症ですが、高齢者は亡くなる人が多い。生産性がない、公費負担の多い高齢者を絶滅させたいというのはよく分かります。令和の姥捨山作戦ですか」「この流れでいいと思いますが、なぜそうするのか、科学的な根拠に基づいていればですが、発見されて日の浅いコロナについてはまだまだ研究の余地があるので無理だと思う」「岸田さんは兵士になれない国民と高額医療費を自己負担できない国民は不要と考えているのではないでしょうか。この感染者数と死者数。どこがインフルエンザと同等なのでしょうか」「マスク不要は行き過ぎ。そこまで外国と足並みをそろえる必要はないと思う」などといった声が寄せられた。
一方で「オミクロン株は風邪程度。私の会社にもたくさんいたが、後遺症は見られなかった。マスコミは死者が多いとあおっていますが、死者は高齢者が9割。コロナ禍前と変わらない」という声もあった。これには森本氏も「すごいな~。こういうふうに考える人もいるんですね。『高齢者が死ぬ死ぬって、当たり前だろう』と。いま(世論は)こうなっています」と絶句。アシスタントの遠藤泰子アナウンサー(79)も「すみません」と思わず声が漏れた。(日刊スポーツ23年1月19日)』
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『倉持院長、「高齢者まで放置が当たり前の今の運用」は「ひどい」怒りあらわ「速やかな検査投薬が急務」
新型コロナウイルス患者の診療に取り組み、テレビなどメディアで医療現場の声を発信する宇都宮市インターパーク倉持呼吸器内科の倉持仁院長が16日、ツイッターを連続更新。第8波のコロナ禍の中で「90歳近い高齢者が肺炎あるのに医療にアクセスできず放置が当たり前の今の運用なら、死者数多いの当たり前と思ってしまいます」などと投稿し、早期診療早期治療の大切さを改めて訴えた。
(略)
さらに夕方になり、死者数が増加している背景を説明した上で「早く医療機関なり、検査、レントゲンだけでも撮れて遠隔診療するなり、やれることはあると思うのですが、根本が認識せず寝ぼけているのでどうにもならない様子です。ひどい」と怒りをあらわにした。(中日スポーツ23年1月16日)』
そして、コロナ対応に限らず、どうか日本の国、社会、国民が、高齢者や弱い立場の人にもう少し思いやり、寛容さ、気遣いを持って、いい形で共生できるようにしたいと、心から願うmewなのだった。(@_@。
THANKS、