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【維新5】松井と菅、安倍のつながり&大阪維新の結党から国政へ(維新について思うこと・その5)


 これは12月3日、1本めの記事です。(2本めあり。)

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【*1、*2などの関連記事は、記事の最後にあるMoreの部分にあります。】  



 11月12日『【維新4】橋下知事と維新は、大阪再生&新自由主義推進のため(維新について思うこと・その4)』のつづきを・・・。

 橋下徹氏は堺屋太一氏にスカウトされ、08年1月に大阪知事選に出馬することに。当時、自民党の選対を担っていた菅義偉氏とも面会、創価学会にもご挨拶して、自民党府連推薦、公明党の府本支持の形をとり、堺屋ラインの大阪経済界などの支援をも受けて、基礎票を固めた。そして、選挙戦では政党色をオモテには出さず、「子どもが笑う」をキャッチフレーズに7人の子どもを持つ庶民的なパパのイメージをオモテに掲げて大勝し、2月に大阪府知事に就任した。38歳だった。

 府議会では、一応、自公が橋下知事を支える与党として活動していたのだが。橋下氏が自公の幹部にきちんと相談することなく、(あたかも思いつきのように?)次々と府庁改革や大阪府の施策などの考えを発表。府民の注目と人気を集めたが、自公の中では徐々に不満を抱く議員が出ており、初年度の予算案からもめることになった。^^;
 長い間、与党を続けて来た自民党には、各方面にそれなりの関係や(情も?)、利権などが存在したのである。

<改めてwikipediaやいくつかの記事を読み返したのだけど。府庁改革について「府庁解体」を行うとして「ちゃぶ台をひっくり返す」「汗をかかない方は去って下さってかまいません」と発言するとか、選挙だけでなく政治手法も「自民党をぶち壊す」の小泉流だったことが確認できた。^^;>

 また橋下氏は、08年には麻生内閣を支持すると言っていたのだが。09年、政権交代が起きた衆院選では、民主党に投票したと発言。<小沢一郎氏に会った時に、同氏に憧れている少年みたいな顔で接していた。^^;>
 橋下氏と自公の関係は徐々に悪化。10年に府庁舎の移転を巡って、知事と府議会の対立した際、松井一郎氏をはあじめ橋下知事を支持する自民党の府議が、府議会に別の自民党系会派「自由民主党・維新の会」を結成た後、離党。10年4月に自民党を離党した大阪府議・大阪市議・堺市議ら約30人が橋下知事を代表に担ぐ形で、「大阪維新の会」が作られた。(・・)

* * *

 ただ、前回も書いたように、この大阪維新の結党も、堺屋太一氏や経済界のバックアップにより実現したものなのだ。

《2010年には大阪維新の会の支援団体である「経済人・大阪維新の会」の最高顧問に就任した。また、2012年には大阪維新の会が政治家の育成を目的に設立した維新政治塾の名誉塾長に就任した。こうした観点から、堺屋は橋下徹及び大阪維新の会のブレーンとされていた。(wikipediaより)》 
 あと、後に、日本維新の会の「維新八索」を作ったのも、堺屋太一氏だ。(・・)
 
 その後、自民党+αの地方議員や地方選の候補だった人が次々と大阪維新に入党。11年4月の統一地方選で、大阪府議会の過半数の議席を獲得して、単独与党になった。大阪市議会と堺市議会でも議席数を大きく伸ばし、結成1年で府内の3つの地方議会で第一党となり、全国的にも注目される存在になった。(@@)

 この頃から国政政党を作る話が出始め、12年に(おそらくは安倍、菅コンビのアシストも受ける形で)「日本維新の会」を結成することになる。

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 菅義偉氏は、07年に橋下氏が大阪市長選の候補になった時、そして府知事選出馬をした時から、自民党府連の府議だった松井一郎氏と選挙活動を一緒に行なったことで知り合い、早い時期から連絡をとるようになっていたとのこと。おそらく大阪維新の会の結党の動きもわかってながら、黙認していたものと察する。^^;下手すると頭や心+αの面で支援してたりして。^^;>

 菅氏のwikipediaには、こんな記述がある。

『日本維新の会の橋下徹元代表、松井一郎代表とは他党ながら蜜月の関係にある。
 橋下は2008年大阪府知事選挙で、自民党大阪府連の推薦を受けて当選したが、この時自民党の選挙対策副委員長として橋下擁立に動いたのが菅であり、当時自民党の若手府議だった松井ともこの選挙を通じて関係を深めた。2010年に橋下と松井は大阪都構想の実現を掲げ地域政党大阪維新の会を旗揚げするが、当時都構想の根拠となる政令指定都市を廃止する法律はなく、自民党プロジェクトチームの座長だった菅は法整備に向け強力にバックアップし、2012年に大都市地域特別区設置法を成立に導いた 』

<また先日の記事で、堺屋→竹中→菅の新自由主義ラインと維新の会は関係が深いという話を書いたのだが。
『総務副大臣時代に総務大臣だった竹中平蔵と頻繁に意見交換を行う。竹中が株価を上げるため年金積立金管理運用独立行政法人を利用することを提案すると、菅は厚生労働省の反対を押し切って即座に有識者会議を設置した。竹中は2020年東京オリンピック構想なども菅の主導によるものでのではないかと述べている』>

* * *

 橋下徹氏はアチコチで、菅氏と松井氏が早くから親しい関係にあったことを話している。

『元大阪府知事で弁護士の橋下徹氏(52)が30日放送のカンテレ「爆笑! 2022年こうなる宣言」(後3・45)に出演。菅義偉前首相と大阪市の松井一郎市長の蜜月について語った。
 視聴者の「松井さんは菅さんとは仲良かったけど、岸田さんになってどうなるの?」という質問に対し、橋下氏は「菅さんの時のような電話一本で全て大阪の問題を解決できるような関係ではないですよね」と断言。「松井さんと菅さんは特別な関係だった」と述べた。

 さらに橋下氏は具体的なエピソードを披露する。「僕が大阪維新の会を立ち上げる前、まだ民主党政権の時、菅さんは野党の一議員だったんですけど、東京から週に1回ぐらい松井さんに会いに来てたんですよ。『時間ない? コーヒーでも飲もう』って。その時、松井さんは大阪府知事で」と説明。「そうしたら安倍政権が誕生して、菅さんが官房長官になったわけですよ。すると松井さんのところに電話がかかってきて、『官房長官になるから、そんなに大阪にそんなに行けなくなるから、最後に挨拶に行く』って、官房長官就任の直前にまたコーヒーを飲んで帰って行って」と明かした。

 橋下氏は蜜月がもたらした功績について、「それぐらいの関係なんで、大阪の改革を安倍さんも菅さんも凄く評価してくれてましたから、カジノとかIRとか大阪万博、それからリニア。国の力がなかったら動かないようなことを協力してくれて、JR大阪駅の北側のうめきた、あれも開発が進んでますけど、あれも安倍さんと菅さんの力を借りてお金を引き出したんですよ」と評価。松井市長と岸田首相の関係性については、「正直、岸田さんと松井さんはそこまでの関係はないです。でも、それが普通です。普通の政治家対政治家でやっていくと思う」と語った。(スポニチ21年12月30日)』

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 維新の会は、経済。社会的には新自由主義、国家観(国のあり方、憲法、安保など)の面では超保守的な面が強い。

 実は、橋下徹氏は、戦後体制を認めるふつ=の保守派なのだが。松井一郎氏や馬場伸幸氏など大阪維新結党に参加した元自民党議員の多くが、戦後の体制・憲法などを否定し、国家主義や伝統を重視する超保守派なのだ。
 彼らは県議時代から安倍晋三氏らも所属する超保守団体の日本会議に所属している。特に以前から松井氏は安倍シンパで、安倍氏をもう一度、日本の首相にしたいという強い思いを抱いていた。(・・)

 その松井氏と安倍氏を12年に結びつけたのは、安倍ブレーン(特に教育政策)で知られる八木秀次氏と超保守仲間の遠藤敬氏だったという。<尚、記事中の辻元議員は、現・立民党の辻元清美氏のこと。>

『第一次安倍政権で首相の座を投げ出した「日本政治史上最弱の総理経験者」が再登板する発端を作ったのが、日本会議シンパの八木秀次氏(麗沢大教授)や日本維新の会代表の松井一郎・大阪府知事ら維新関係者であるためだ。辻元議員はこう話す。

 「2012年1月の森友学園の要望を受けて大阪府は2012年4月に大阪府が規制緩和をしたのですが、その間の2月26日、八木秀次氏が企画し、安倍総理と松井知事が参加したシンポジウムが大阪で開かれました。教育がテーマでしたが、その日の夜、安倍総理(当時は野党)と維新で盛上っているのです」

 この“平成版2.26事件”と呼ぶのがぴったりのシンポジウムで安倍総理と維新は意気投合、首相再登板のきっかけとなった。その様子は、朝日新聞が「維新と蜜月、源流は『2・26』」(2015年10月3日)と「維新と『新党』、側近の覚悟」(同6日)と銘打った記事で紹介している。

 シンポジウムの主催は、前述の麗沢大教授・八木秀次氏が理事長を務める日本教育再生機構。八木氏は安倍総理のブレーンで、日本会議でしばしば講演をすることで知られている。

 もう一人の主催者は同機構大阪会長の遠藤敬氏(現・日本維新の会衆議院議員)。<この2人がおもに企画、立案して安倍サイドに呼びかけたもので、ゲストに保守系議員集団「創生日本」会長の安倍と、維新で大阪府知事の松井を招いた><水面下で調整に動いた八木はこう語る。「(安倍と松井の)2人を会わせると面白いかな、と思っていた。これが安倍さんを復活させるきっかけになった」>(10月3日の朝日新聞) 

 2011年11月の大阪ダブル選挙二連勝で勢いに乗った橋下徹・大阪市長(当時)は、大飯原発再稼働に邁進する野田政権を打倒すると宣言。開講した維新政治塾で候補者を発掘し、次期総選挙で全国各地から候補者を擁立すると発表、政権奪取の可能性すら取り沙汰されるほどの勢いだった。そんな維新との関係を踏み台に、再登板に成功したのが安倍首相だった――。

 2012年9月に自民党総裁になる前の安倍総理は、お腹が痛くなって政権を投げ出した「日本政治史上最弱の総理経験者」と酷評されていた。そんな中、教育問題がテーマの“平成版2.26事件(シンポジウム)”で、飛ぶ鳥を落とす勢いだった維新の会メンバーと意気投合。「維新の代表になって欲しい」と打診されるほどの蜜月関係になったことが注目され、安倍総理は影響力を増していったのだ。(IWJブログ17年3月29日)』
 
 つづく 

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by mew-run7 | 2023-12-03 02:33 | 立民党、維新の会について思うこと

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