最初に・・・昨日9日の午後、岩手県の大船渡市の山林火災が最初の発生から12日立って、ようやく鎮火したと発表された。今日の午後には、全ての地区が避難解除されるという。本当によかったです。"^_^" <訂正・・・鎮火→鎮圧。まだ「鎮火」はしていないが、延焼のおそれがない「鎮圧」の状態になった。>
TVで「大震災の時に津波で家を失い、高いところに家を建て替えた人が、山火事の被害にあった」という話をきいて、本当にいたたまれない気持ちになった。
200戸以上の建物が被害にあったとのこと。どうか被災した方々が早く住まいや仕事場を確保できるように、また被災した地域、森が早く復興するように心から祈っている。(-人ー)
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そして、今日3月10日は、80年前に東京大空襲があった日だ。(**)
3月10日未明から米軍機が東京上空に襲来。30万発もの焼夷弾を、東京の下町を中心に投下した。木造家屋が多い地域だったことから火災が拡大。(予め木造家屋の燃え方や密集した地域を調べてあった。)しかも、深夜だったことから、逃げたり、消火や救助をしたりするのも困難で、死者数は10万人以上、負傷者も15万人以上、罹災者は約300万人、罹災住宅戸数は約70万戸にのぼった。
<毎年のように書くが、戦時中で国や自治体が被災者にあまり対応せず。放置状態になっていたところもあるため、実際の死者数や負傷者数などがわからない。(-"-)>
3月11日に東日本大震災が起きたこともあって、最近、TVでもネットでは、この時期に東京大空襲のことを取り上げる機会が減っている。
ただ、東京で生まれ育った人でも、こどもたちや若者だけでなく、50~60代ぐらいでも、東京大空襲のことを知らない(or覚えていない)という人が増えているようで、本当に残念なことだし。アブナイことだとも思う。
できれば全国で、せめて東京の小中学校では毎年、東京大空襲があったことを(可能な範囲で、絵や写真を用いて)こどもたちに伝えて欲しいと願っている。(・・)
この夏には、戦争終了から80年を迎えることになるわけだが・・・。
今、政府や自民党内で問題になっているのが、石破首相が「80年談話」を出すべきか否かということだ。(・・)
1995年、戦後50年を迎えたのを機に、当時の村山富市首相が「戦後50周年の終戦記念日にあたって」(いわゆる村山談話)を発表。
村山首相は「過去のあやまちを2度と繰り返すことのないよう、戦争の悲惨さを若い世代に語り伝えていかなければなりません」と述べた。そして、わが国が国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、「植民地支配」と「侵略」によって、アジア諸国を含む多くの国々多大の損害と苦痛を与えたことを反省し、心からの「お詫び」の気持ちを表明するとした。
<93年には慰安婦問題に対する謝罪を述べた河野洋平官房長官(宮沢内閣)による河野談話が発表されていたのだが、この村山談話と河野談話は多くの日本国民や近隣諸国の人々に受け入れられた。しかし、後述するように、安倍晋三氏らの超保守系からは強い批判を受け、上書きして消滅させるべきものだと考えられていた。>
その後、2005年には、当時の小泉純一郎首相が村山談話を踏襲する形で「60年談話」を発表。
2015年には当時の安倍晋三首相が「70年談話」を発表したのだが、後述するようにその方針はそれまでとは異なるものだった。_(。。)_
そうなると、一般的に考えれば、戦後80年を迎える今年は(昭和100年という節目でもあるし)、石破茂首相が「80年談話」を出すのが筋だろう。(・・)
<石破氏が8月15日に首相在任中であれば。他の人が首相になった場合は、その首相が出すことにすればいい。^^;>
しかし、自民党の一部(超保守系)は、80年談話は出す必要がないと主張している。(-_-;)
『自民党の小林鷹之元経済安全保障相は30日、石破茂首相による戦後80年談話の必要性について「出す必要は全くない。そのための70年談話だ」と述べた。国会内で記者団の質問に答えた。小林氏は保守的な政治信条で知られ、昨年9月の党総裁選に出馬した。
戦後70年談話は2015年8月、当時の安倍晋三首相が発表した。歴代内閣の立場は今後も揺るぎないと表明する一方で「戦争に関わりのない世代に、謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」と記述した。〔共同通信25年1月30日)』
近いうちに、参考資料として、50,60、70年談話を全てブログにアップしたいと思うが・・・。
安倍晋三氏をはじめとする超保守系の政治家や識者は、先の大戦は、日本が欧米列強からアジア諸国を守るために戦ったもので、日本に加害責任はないし、反省や謝罪をする必要もないと考えている。<歴史修正主義と言われることがある考え方だ。>
それゆえ、超保守派からしてみれば、「村山談話」と「河野談話」は内容を否定されるべきものだし。日本国民は決して「謝罪外交、土下座外交」を続けるべきではないと主張していたのだ。
《『安倍晋三 回顧録』(中央公論新社)によると、安倍氏は談話を出すに当たり、「まず村山談話の誤りを正す」ことを意識したと答えている。さらに「村山談話の間違いは、善悪の基準に立って、日本が犯罪を犯したという前提で謝罪をしていること。当時の世界はどうだったのか、という視点がすっぽり抜けている」と指摘したとされる。(泉宏・東洋経済オンライン25年3月8日)》
そこで70年談話では、安倍氏は、わざわざ日本が欧米列強の力、ブロック経済などによって外交的、経済的な行き詰まり、やむを得ず、武力行使に至ったという説明を行なった。
超保守派の中には、反省やおわびの言葉などは一切入れる必要はないと主張する人たちも少なからずいたのだが。安倍首相は、とりあえず「村山談話」の表現を引用するような形で取り入れながら、「戦争に関わりのない世代に、謝罪を続ける宿命を背負わせない」という一文を入れて、今後は謝罪する必要がないことを宣言したのである。^^;
<尚、安倍首相(当時)は、戦没者追悼式では13年から、それまでの首相が語っていた「アジア諸国への加害責任の反省」や「不戦の誓い」などの言葉を消している。>
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この安倍首相(当時)の70年談話は、ひとりの国民として納得できない部分があるので、個人的には「誤りを正す」とまでは言わないが、日本が誤解されないようにわかりやすく伝えた方がいい(上書き修正した方がいい?)のではないかと考える。
そのためにも、石破首相には是非、より多くの日本国民や被害にあった国々が共感し、納得できるような「80年談話」を作成し、発表して欲しいと願っているmewなのである。(@_@。
THANKS