広島に原爆が投下されて80年を迎えた6日、平和記念公園で式典が行われた。(・・)
式典には過去最多の120カ国・地域と欧州連合(EU)代表部が参列した。パレスチナが初参列し、パレスチナ自治区ガザ地区への侵攻を続けるイスラエル、イスラエルと6月に交戦したイランも前回に続いて参列。核保有国5大国のの中では、ロシアと中国が欠席した。
昨年、世界に向けて核兵器廃絶運動を続けている被団協が、ノーベル平和賞を受賞したのだが。ノーベル財団側は、今年、原爆投下80年を迎えること、近年、核兵器使用の危険性が徐々に増していることに警鐘を鳴らしたい意図があったという。(・・)
また日本でも、参院選で躍進した参政党の議員を中心に、自国第一主義&反グローバル化を主張したり、核保有や核共有に賛同したりする議員が出現していることに、大きな危惧感を覚えている人も多い。(-_-;)
<2日の『さや&参政で核保有OK議員が増える・・・』に書いたように、参院選当選者125人中、日本の核保有・核共有を尋ねる質問では、「核兵器を保有すべきだ」と8人(参政党6人▽自民党1人▽日本保守党1人)が回答。「核兵器を保有すべきではないが、核共有は検討すべきだ」とした当選者は、全体の20%に当たる25人(自民9人▽国民民主党4人▽日本維新の会5人▽参政6人▽無所属1人)いた。^^;
また、参政党のさや氏が、「核兵器の使用は安上がり」だと発言していたことも報じられていた。(-"-)>
それもあってか、今回の平和式典では反グローバリズムや核抑止力のための核保有について言及するスピーチが多かった。(++)
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広島県の湯崎英彦知事は、「このような世の中だからこそ、核抑止が益々重要だと声高に叫ぶ人達がいます。しかし本当にそうなのでしょうか」と疑問を投げかけた。
<スピーチの中で、「抑止とは、あくまで頭の中で構成された概念又は心理、つまりフィクションであり、万有引力の法則のような普遍の物理的真理ではない」「我が国も、力の均衡では圧倒的に不利と知りながらも、自ら太平洋戦争の端緒を切ったように、人間は必ずしも抑止論、特に核抑止論が前提とする合理的判断が常に働くとは限らないことを、身を以て示しています」という部分が印象的だった。>
そして、「“諦めるな。押し続けろ。進み続けろ。光が見えるだろう。そこに向かって這っていけ。”」という17年のノーベル平和賞でサーロー節子氏が述べた言葉を引用し、「決して諦めず、粘り強く、核兵器廃絶という光に向けて這い進み、人類の、地球の生と安全を勝ち取ろうではありませんか」と呼びかけた。(**)
広島市の松井一實市長も、平和宣言の中で「自国を守るためには、核兵器の保有もやむを得ないという考え方が強まりつつあります」と核抑止力について取り上げていた。
そして、「次代を担う若い世代には、軍事費や安全保障、さらには核兵器のあり方は、自分たちの将来に非人道的な結末をもたらし得る課題であることを自覚していただきたい」と訴えた。
また「心に留めておくべきことは、自分よりも他者の立場を重視する考え方を優先することが大切であり、そうすることで人類は多くの混乱や紛争を解決し、現在に至っているということです。
こうしたことを踏まえれば、国家は自国のことのみに専念して他国を無視してはならないということです」と自国第一主義の考え方を否定した。(++)
さらに、「核兵器禁止条約の締約国となることは、ノーベル平和賞を受賞した日本原水爆被害者団体協議会を含む被爆者の願いに応え、「ヒロシマの心」を体現することにほかなりません」として、政府にオブザーバーとして参加することを求めた。(・・)
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式典では、子ども代表の小学生2人が「平和の誓い」を読み上げた。
「いつかはおとずれる、被爆者のいない世界。同じ過ちを繰り返さないために、多くの人が事実を知る必要があります」「どんなに時が流れても、あの悲劇を風化させず、記録として被爆者の声を次の世代へ語り継いでいく使命が、私たちにはあります。」
「その事実を自分のこととして考え、平和について関心をもつこと。多様性を認め、相手のことを理解しようとすること。一人一人が相手の考えに寄り添い、思いやりの心で話し合うことができれば、傷つき、悲しい思いをする人がいなくなるはずです。周りの人たちのために、ほんの少し行動することが、いずれ世界の平和につながるのではないでしょうか。」
何と小学生の主張の中にも、「多様性を認め」というグローバリズム、SDG'sの精神が書き込まれていた。(@@)
また、いまや広島に原爆が投下されたことさえ知らないこどもたちor若者が増えていることから、映画、TV、ネットなども含め、もっと積極的に様々な事実を伝えて行く必要があるのではないかと思う。(・・)
今回の記念式典では、石破茂首相の挨拶に注目が集まっていた。(**)
13~20年の式典では、安倍晋三首相(当時)は、官僚がとりあえず作成したという感じの通り一遍の内容の挨拶を毎年続けていた上、長崎の式典では一部を変えただけのコピペのような挨拶を行なっていた。
21年の菅義偉首相(当時)は、安倍首相のコピペのような文だった上、何と原稿を1枚読み飛ばしたことに気づかなかった。(>_<)
22~24年の岸田首相は、広島が地元であるだけに、広島の式典のあいさつはそれなりに力を入れていたのだが。長崎の式典のあいさつは、ややなおざりだった。<しかも、23年は台風のため長崎の式典に出席できず。^^;>
でも、これまで戦争回避や核廃絶のことを真剣に考えて来た石破首相ならこの3人とは異なり、もっと自分の言葉で自分の気持ちや考えを訴えてくれるはずだと期待する人が多かったのである。(@@)
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石破首相は、2年前に改装後の広島平和記念資料館を訪れた時に、自らが確認した原爆投下を受けた惨状について、率直に語った。
そして「広島、長崎にもたらされた惨禍を決して繰り返してはなりません。非核三原則を堅持しながら、「核兵器のない世界」に向けた国際社会の取り組みを主導することは、唯一の戦争被爆国であるわが国の使命です」と述べた。<「核兵器のない世界」という言葉を4回も使った。>
最後に、「太き骨は先生ならむ そのそばに 小さきあたまの骨 あつまれり」という歌を2回繰り返し「公園前の緑地帯にある『原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑』に刻まれた、歌人・正田篠枝さんの歌を、万感の思いを持ってかみしめ、追悼の辞といたします」と締めくくった。(・・)
mewは今回、この歌を初めて知ったのだが。まさに教師を取り囲むこどもたちの姿が浮かんで来るような歌で、報道やネットの感想などを見ると、これをきいてグッと来た人が少なからずいた様子。
石破首相の挨拶は、自分の言葉で語ったものとして、全体的に評価が高かったようで(関連記事*1)、このような首相を持てたことをチョット誇らしく思えたりもしたmewなのだった。(@_@。
THANKS