広島の原爆記念日に、核議論や核保有の是非を考えてみる

【秋葉・広島市長の「平和宣言」を↓More部分に追記】

 今日8月6日は、広島の原爆記念日(原爆の日)である。世界で初めて原爆が投下された日
から62年が過ぎた。
 
 私の軍縮(特に核軍縮)や原爆に対する考えは、昨年の広島・長崎の原爆記念日に
書いた。その思いは、今も全く変わっていない。
広島の平和記念式典に、日本&世界の軍縮、平和を願う
長崎市長の怒り。 そして日本、米国に核軍縮・平和への努力を望む

 それから1年。日本は9月末から、安倍政権に変わったのだが・・・。

 昨年の秋に、中川昭一氏(自民党政調会長)が、「核武装論」の発言をしてから
コチラ>、なんとな~く「日本の核保有もありか」という雰囲気が出て来ている
ような感じを受けるのは、私だけではないだろう。
 その後、麻生外務大臣も核武装議論を容認する発言をしていたし。今年の参院選
では、当選者は出なかったものの、維新政党「新風」が、公約のTOPに「日本の
核武装」を掲げて比例・選挙区で立候補者を出し、公約をアピールしたりもした。
<また今年6月末~7月初めには、久間前防衛大臣の、原爆投下は「しょうがない」
発言も問題視され、久間氏はそれで辞任することにもなった。>

 何だか安倍政権になってから、この1年弱の間に、一気に核の話がオモテに出る
ことが多くなったような感じもある。
 その背景には、安倍首相が核兵器の保有の検討を完全否定していないこと<かつて
核保有を容認する発言をしたことがあるし。おそらく中川氏などの仲間うちでも、その
ような議論をしたことがあるのではないかと察する>、彼らが特に敵対視or警戒する
中国が核兵器を多量に保有していること、北朝鮮が核開発したことなどもあるのでは
ないだろうか?<印パの核保有が実質的に容認され、イランにも核開発の話が。>

* * * * * 

 中川発言の時にも書いたが。私は一般論として、核武装の議論を一切タブー視して、
「誰も決して口にしてはならないもの」として禁じる必要はないと考えている。

<ただし、政治家(特に閣僚や政府与党の要職にある者)が、公の場で発言することは
避けるべきであると考える。彼らの発言は、日本の政府の考え、発言として、国内外に
とらえらえてしまうからだ。>

 私自身、学生時代に、友人たちと居酒屋談義の中で「日本も核を保有すべきかどうか」
に関する話をを何回かしたことがある。そして、その際に、友人の意見をきいたり、自分
なりに色々考えたり、悩んだりしたことは、今の自分の考え方を形作って行く上で、
おおいに役立っているように思う。

 要は、単に核はいけないとか、相手も持っているからいいんだとか、そういう決め付け方を
するのではなく、何で核兵器を持つことがいいorいけないと思うのかとか、日本人として
(日本人以外でもいいけど)日本にどういう国であって欲しいと思うのかとか、日本は世界の
中でどういう役割や立場の国であればいいと思うのか・・・そういうことも含めて考えたなら、
核武装議論も意義あるものになるのではないか、と思ったりするのである。

* * * * *

 学生時代に、核保有の話が出たきっかけは、基地問題だった。当時、厚木基地の周辺
に住む友人が、基地問題の悩みを話したからだ。

<神奈川県に米海軍&海上自衛隊の航空基地があって(マッカーサーが降り立った所
で有名だとか)、米軍の戦闘機の墜落や離発着訓練の騒音の問題で、地域住民との間
で長くもめていた。そして彼の親族のひとりは、騒音や振動&墜落の恐怖のために
ノイローゼになって、治療を受けていた。>

 その居酒屋談義のメンバーは、ふだんは、政治の話など全くしないお気楽極楽な
仲間なのだが<音楽やパチンコなどのギャンブルや日常のバカ話ばかり? ^^;>。
 その話から、沖縄などを含め、米軍基地を減らして行くには、どうしたらいいのかと。
また、日本が政治・経済などの面で、アメリカからもっと自主独立的に言動できるよう
になるには、どうしたらいいのかと。・・・その中で「やっぱ、日本も核を持つしか
ないのかな~」という話が出ることになったのである。

* * * * *

 お気楽極楽な生活を愛する私たちとしては、日本が平和で平穏な生活のできる国で
あり続けないと困るし。誰も戦争なんぞに行きたくはない。
 みんなアメリカ自体は好きだし<音楽(洋曲?)好きは特にそうかも>、仲良くは
したいけど。基地問題や、日ごろの政経問題で上から出られるような感じに思える
<何か貿易摩擦の問題とかで、アレコレ言われて、イバられている感じに見える>のは
あまり快くは思っていなかった。そして、それは「やはり、アメリカの核の傘に守ら
れていることが大きいのではないか」というところに行きつくことになる。、

 で、日本が核を持てば、かなりの部分、自力で防衛できるようになるのではと。
そうすれば、日本の平和は守れるし、米軍基地も減らせるかも知れないし、下手に
軍拡するよりおカネもかからないし<却って軍縮できるかもとの意見もあり>、
アメリカにあまりへ~こらせずに、自主独立した政治・経済政策や防衛政策ができる
のではないかと・・・。<戦後ン十年も立ったのだから、そろそろ自主独立国家と
して、歩んでもいいのではないかと。中には、自主憲法論にこだわる子もいた。>

* * * * *

 う~ん・・・。(-_-) その時、mewなりにすご~く悩んだものだった。

 そうか~。核を持つことで、逆に日本の平和を守って、軍拡も防いで、米軍基地を
減らす効果があって、日本が米国や他の国々と対等に付き合えるようなら、それも悪く
ないかも知れないな~。
 でも、日本は唯一の被爆国で、核軍縮を訴えているのに。その日本が、核を持つと
いうのは、どうなんだろう? 被爆地の人たちはもちろん、空襲その他の攻撃で被害に
あった人たちや、家族をなくして、平和を訴えている人たちはどう思うのだろう?

 そもそも日本が核を持つことを、米国やその他の国々は許容するのだろうか?核保有
問題がきっかけになって、多くの国との関係が悪化することになるのではないだろうか?
 それに、もし日本が核を持ったら、周辺国はもちろん、経済力のある中東とかヨー
ロッパの国々の中にも、核を持とうとする国が増えて、どんどん核拡散してしまうの
ではないだろうか? etc.etc.・・・
 
 アレやコレや考えた結果、私は「やはり日本は核を持つべきではない!」という
結論に至ったのだった。
 私の中では、核を持つメリットよりも、デメリットの方が多かったし。核を持たな
い方が、心の平安も含めて、日本人が平和で平穏な生活をすることにつながると思えた
のである。


 私は、世界に核兵器などができるだけない方がいいと思う。だから、日本は持たない
方を選び、そして、他の国々にも持たないことを呼びかける国になって欲しい。
 その方が、私は日本を誇りに思うこともできる。

 そして、そう思う国民が多ければ、そしてそう思う政治家をより多く選べば、日本は
ず~っと核を持たずに済むだろう。
 でも、そう思う国民が少なくなれば、そして核保有に前向きな政治家が増えれば、
日本はいつか核を持つことになるかも知れない。

 核に限らず、憲法改正やら、9条のあり方やら、集団的自衛権の問題やらも含めて、
日本は今まさにその岐路にさしかかっているのかも知れない。そして、単にXXはいけ
ない、いいというのではなく、みんながそれぞれの立場で、真剣にそのことを考えたり、
議論したりしなけれならないのではないか、と思う今日このごろである。

<ちなみに、私が今、核に限らず、世界ができるだけ軍縮して欲しいと思う原点は、
小さい頃の銃社会をちょこっと経験したことにあるのだが。
 それは、長崎の原爆記念日に書きたいと思う。>

                       THANKS


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 2007年 平和宣言


『運命の夏、8時15分。朝凪(あさなぎ)を破るB-29の爆音。青空に開く「落下傘」。
そして閃光(せんこう)、轟音(ごうおん)――静寂――阿鼻(あび)叫喚(きょうかん)。
落下傘を見た少女たちの眼(まなこ)は焼かれ顔は爛(ただ)れ、助けを求める人々の皮膚
は爪から垂れ下がり、髪は天を衝(つ)き、衣服は原形を止めぬほどでした。爆風により
潰(つぶ)れた家の下敷になり焼け死んだ人、目の玉や内臓まで飛び出し息絶えた人――
辛うじて生き永らえた人々も、死者を羨(うらや)むほどの「地獄」でした。

14万人もの方々が年内に亡くなり、死を免れた人々もその後、白血病、甲状腺癌(こう
じょうせんがん)等、様々な疾病に襲われ、今なお苦しんでいます。
それだけではありません。ケロイドを疎まれ、仕事や結婚で差別され、深い心の傷は
なおのこと理解されず、悩み苦しみ、生きる意味を問う日々が続きました。

しかし、その中から生れたメッセージは、現在も人類の行く手を照らす一筋の光です。
「こんな思いは他の誰にもさせてはならぬ」と、忘れてしまいたい体験を語り続け、
三度目の核兵器使用を防いだ被爆者の功績を未来(みらい)永劫(えいごう)忘れてはなり
ません。

こうした被爆者の努力にもかかわらず、核即応態勢はそのままに膨大な量の核兵器が
備蓄・配備され、核拡散も加速する等、人類は今なお滅亡の危機に瀕(ひん)しています。
時代に遅れた少数の指導者たちが、未だに、力の支配を奉ずる20世紀前半の世界観に
しがみつき、地球規模の民主主義を否定するだけでなく、被爆の実相や被爆者のメッ
セージに背を向けているからです。

しかし21世紀は、市民の力で問題を解決できる時代です。かつての植民地は独立し、
民主的な政治が世界に定着しました。さらに人類は、歴史からの教訓を汲んで、非戦闘
員への攻撃や非人道的兵器の使用を禁ずる国際ルールを築き、国連を国際紛争解決の
手段として育ててきました。そして今や、市民と共に歩み、悲しみや痛みを共有して
きた都市が立ち上がり、人類の叡智(えいち)を基に、市民の声で国際政治を動かそうと
しています。

世界の1698都市が加盟する平和市長会議は、「戦争で最大の被害を受けるのは都市だ」
という事実を元に、2020年までの核兵器廃絶を目指して積極的に活動しています。

我がヒロシマは、全米101都市での原爆展開催や世界の大学での「広島・長崎講座」普及
など、被爆体験を世界と共有するための努力を続けています。アメリカの市長たちは
「都市を攻撃目標にするな」プロジェクトの先頭に立ち、チェコの市長たちはミサイル
防衛に反対しています。ゲルニカ市長は国際政治への倫理の再登場を呼び掛け、イーペ
ル市長は平和市長会議の国際事務局を提供し、ベルギーの市長たちが資金を集める等、
世界中の市長たちが市民と共に先導的な取組を展開しています。今年10月には、地球
人口の過半数を擁する自治体組織、「都市・自治体連合」総会で、私たちは、人類の
意志として核兵器廃絶を呼び掛けます。

唯一の被爆国である日本国政府には、まず謙虚に被爆の実相と被爆者の哲学を学び、
それを世界に広める責任があります。同時に、国際法により核兵器廃絶のため誠実に
努力する義務を負う日本国政府は、世界に誇るべき平和憲法をあるがままに遵守し、
米国の時代遅れで誤った政策にははっきり「ノー」と言うべきです。また、「黒い
雨降雨地域」や海外の被爆者も含め、平均年齢が74歳を超えた被爆者の実態に即した
温かい援護策の充実を求めます。

被爆62周年の今日、私たちは原爆犠牲者、そして核兵器廃絶の道半ばで凶弾に倒れた
伊藤前長崎市長の御霊(みたま)に心から哀悼の誠を捧(ささ)げ、核兵器のない地球を
未来の世代に残すため行動することをここに誓います。

2007年(平成19年)8月6日
                      広島市長 秋 葉 忠 利

<広島市HPより>
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by mew-run7 | 2007-08-06 09:12 | 平和、戦争、自衛隊